越えられない一線〈夏生ver.〉


「さくら……」

もう一度、声を掛ける。
と、長い睫毛が大きく持ち上がり、オレの方に振り向く。

「……ん、」

とろん、とした瞳。甘蜜のように、ねっとりと注がれる視線。
鼻から抜ける、甘い声。
艶感のある、柔らかそうな唇。

無防備に、蕩けた顔で見上げるさくらは……いつもと違い、色気に満ち溢れて……


「──!」

ドクンッ──
瞬間、心臓が大きな鼓動を打つ。

……と同時に。
ムクムクと起き上がる、オレ自身の化身オレ化身。

「いやいやいや……、」

何とか平常心を保とうと頭を振り、胸に手を当てて大きく深呼吸をする。
欲望の化身──魔王が暴走するのを、何とか宥め落ち着かせながら。

麻里子に飲まされて、ただ酔ってるだけ……
ただ、酔ってる……
……ん? 酔ってる?
甘酒でか……?

よくよく考えてみれば、酒粕入りの甘酒には多少のアルコール成分は入っているものの……通常、酔っぱらう程ではない。
まさかと思い、甘酒の残った徳利を摘まみ上げて鼻に近付けるが、それらしい匂いは感じられない。

「さくら、大丈ぶっ……」

──スッ
無防備にも。オレを見つめたまま伸ばした両腕が首に絡まり、不意に寄せられるさくらの蕩け顔。

「………熱ぃ……よぉ……」

鼻先に掛かる、さくらの熱い吐息。
濡れそぼつ唇が、直ぐそこまで迫り──


「……お願い……脱がせて……」


その瞬間──ムクムクムク、と復活する魔王。

……まて。
まてまてまて!

勘違いすんな、オレ!


「……わ、わかった」


ドッドッドッドッ……
乱れそうになる呼吸を何とか整え、平静を装う。

逸らした視線の先には……大きく開いた白いトレーナーの襟から覗く、細い首筋と鎖骨。更に逸らせば……インディゴブルーのショーパンから伸びる、美味しそうな太股。


……堪えろ、オレ!

ギュッと目を瞑り、さくらの脇腹辺りに両腕を回す。
緊張で震える手。ふわりと香るさくらの匂い。雰囲気に飲まれそうになるのを堪え、トレーナーの裾を掴む。


「……、ぁんっ」


男の劣情を刺激する、甘っとろい声。ぴくん、と反応する身体。
指先から、熱と滑らかな柔肌の感触が伝わり、慌てて離す。

「……止めるか?」
「ゃらぁ……、止めないでぇ」

誘うような上目遣い。スッとオレの肩口に顔を寄せ、さくらが甘え縋る。
その声は、熱い吐息に混じり……官能的に鼓膜の内側を柔らかく擽り……

「手、バンザイして……」
「……ん、」

ドクン、ドクン、ドクン……
オレから外した両腕を、頬を赤く染めながら素直に上げる。その無自覚な煽りに、沸騰した脳内がグラグラする。

……ヤバい……
もう、我慢できねーかも……


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