越えられない一線〈夏生ver.〉



「……那月、あと一時間で来るってさ」

スマホ片手に客間へと戻ってくれば、姉の麻里子がさくらに絡んでいる姿が目に飛び込む。

「もしかしてさくらちゃん、お酒弱い??
もうこんなに赤くなってるぅ。……かっわいぃ~!!」

そう言って麻里子が、恥ずかしそうに俯いたさくらのほっぺを人差し指でふにふにする。

「柔らか~い。お肌もちもち!」
「……」
「羨ましいわぁ~。もっと飲んでぇ」

さくらの手中にある、空になったお猪口。そこに容赦なく注がれる甘酒。わんこそばの如く、くいっとそれを一気飲みするさくら。

「………って、おーい。そこの場末のホステス嬢。未成年にアルコール飲ませんなよ」
「は? 誰が場末のホステスじゃ!」

振り向いた麻里子が、キッと睨む。

「──にしても、さくらちゃん。やっぱ可愛いわぁ~。ろれつ回んない程、酔い潰れちゃってんの」
「……ぼったくりバーかよ」

ふにゃん、と不抜けたように顔を緩めた麻里子が、俯き加減のさくらの頭をよしよしする。
その様子に半ば呆れながらも、チラリとさくらの様子を覗き見る。

「……」

長い睫毛。潤む瞳。ほんのりと、桜色に染まった頬。さくらんぼのように、ぷっくりとした赤い唇。
麻里子の言う通り、確かに……可愛い。

「そういや、母さんは?」
「あー、駅前のスーパーに行った。何か、買い忘れたものがあるからって。
……って、私も忘れてた! 注文してたケーキ、取りに行かなくちゃ!!」

壁がけの時計を見上げた麻里子が、慌てて立ち上がり部屋を飛び出していく。


途端にしん、と静まり返る室内。
部屋に残ったのは、オレと──酔い潰れたらしい、さくら。

「……」

ヤバイ……
この状況に妙な高揚感を抱きつつ、何とか平常心を保つ。

「大丈夫、か……?」

正座を崩した体勢で、項垂れたまま動かないさくら。……気分でも悪いのだろうか。
心配になって声を掛けてみるものの、何の反応もない。

麻里子が座っていた場所に近づけば、その足音に反応したらしいさくらが顔を上げる。横髪が後ろに流れ、隠れていたさくらの横顔が現れる。

「……」

ぼんやりと、真っ直ぐ雛壇に向けられた瞳。少しだけもの悲しく光るそれが、ゆっくりと瞬きをする。

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