violenceなValentine(夏生ver.)
ガタン……
ついていった先は、人気のない棟の空き教室。
雑然とされた机や椅子。締め切った薄手の白いカーテン。長い事使われていないんだろう。胸を押し潰すような外壁塗料の臭いに混じり、澱んだ空気と埃っぽさを感じて思わず咳き込む。
先を歩く山本が、桜色のリボンの付いた小さな箱をそっと教卓の上に置く。
……と。
勢いよく振り返った山本が、夏生の胸ぐらに掴み掛かり──
ガッッ!!
空を切った拳が、夏生の左頬に入る。
その反動で後ろに蹌踉け、踏ん張りながら顔を伏せれば、咥内にじわりと鉄の味が滲む。
「……って、」
親指の腹で口角を拭うと、ピリッと鋭い痛みが走った。
「意味、解るよな」
悪びれる様子もなく。体勢を崩したままの夏生を、威圧的に上から睨みつける。
「……」
「テメェが、さくらの幼馴染みだろうが親友だろうが、関係ねぇ。……目障りだ」
「……」
その言葉に、下から睨みつけていた夏生が、身形を整えながら背筋を伸ばす。胸を開き顎先を少しだけ天に向ければ、今度は背の高い夏生が冷ややかな眼で山本を見下ろす。
「今回に限った事じゃねぇ。……彼女がいる分際で、さくらにちょっかい出しやがって──!」
「………だっさ。嫉妬かよ」
ボソッと呟き、苦笑いにも似た笑みを溢す。
その飄々とした態度にカッとなった山本が、再び夏生の胸ぐらを掴み、乱暴に引き寄せて睨み上げる。
「だったら、泣かせんな」
寂しそうに丸まった身体。思い詰めた表情で、ごみ箱の前に立つさくらが夏生の脳裏に蘇る。
一度は捨てようとした、本命だろうチョコ。それを、必死で笑顔を作りながら渡してくれた、さくらを思えば……
言いたい事を一旦飲み込み、山本を見据える。
「何があったか知んねーけど。……捨てようとしてたんだぜ、アレ」
「……!」
見開かれ、大きく揺れる山本の双眸。
立てた親指で差し示す間もなく、その目が教卓へと向けられる。
焦げ茶色の包装紙に、桜色のリボンの掛かった小さな箱。
胸ぐらを掴む山本の手が、……緩む。
「……どういう、意味だ」