第167幕
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嫌い。嫌い嫌い嫌い嫌い!
みんな大嫌い!
「あんな奴……!あんな奴死んじゃえばいいんだッ!」
ぽろぽろと流れ落ちる雫を乱暴に着物で拭いながら町中を走る。行き先など決めている訳もなく、ただひたすらに海と花から離れる為に足を動かした。
桜樹 海。真選組副長補佐として優秀な彼。そんな彼が紗夜は大嫌いだった。
家に帰れば真選組の隊士として働いている父親から自慢げに語られる仕事の話。今日はこんな事をしてきた、明日はきっとこんな事をするだろうと話す父親はとても誇らしげで、見ているこちらも嬉しくなった。
自分の父親はとても立派な人なんだと。町の皆を、江戸の民を陰で支えているヒーローのようだと紗夜は思った。
それがいつしか仕事の話ではなくなった。口を開けば、上司である海の話。海と共に見回りに出た、海と共に事件を解決した、と。
紗夜と話を聞いていた母も最初こそは上司の話ばかりではないかと苦笑していたが、最近では父と共に頷き合うようになってしまった。
そんな二人を遠目から見ているしか出来なかった。父の話が、母が彼の名前を口にして嬉しそうに笑う顔が。とても嫌いになった。
そんな中、紗夜が通っている寺子屋で社会見学をしてくるようにと宿題が出された。数人の子供で集まってグループを作り、見学したい先を決めた。
正直、こんな事をしたって意味は無いと思っていた。だから適当に決めていい。花がいるならどこでもいい。そう言ってしまったのが間違いだった。
"わ、私……警察の人の仕事が見てみたい!"
その言葉に愕然とした。花のことだからお花屋さんとか、団子屋さんがいいと言うと思っていた。それなのに彼女が選んだのは警察。言わずも真選組の事だった。
"な、なんで真選組……なの?"
震える声で花に問いかけると、彼女は恥ずかしそうに顔を赤らめて小さく、隣にいる紗夜にしか聞こえないくらいの声量で呟いた。
"桜樹さんに会ってみたい"
もうこの世の終わりかと思った。好意を寄せている相手の口から出たのは今、自分が最も嫌悪している男の名。
しかも、きっと花はその男に恋をしている。視線を泳がし、忙しなく動く指。"桜樹さん"と口に出した途端にぶわりと赤くなった顔。
「(あぁ、嫌いだ)」
顔をも見たことない相手をこんなにも嫌うのは初めてだった。
「嫌い……嫌いッ!!!」
泣きながら走る紗夜に声をかけようとしてくる人の手を振り払う。今は誰にも構われたくない。誰の顔も見たくない。
父も母も花も、真選組も。そして全ての元凶であるあの男も。全てなくなってしまえばいい。
「みんな消えちゃえ!!!!!」
海を睨んでいた強気な目は涙で濡れて鋭利さを失い、年相応の柔らかい双眼と化した。
走り疲れた足は徐々に速度を落としてとぼとぼと歩き始める。しゃくりあげながら紗夜は一人見知らぬ場所まで来てしまっていた。
「お嬢ちゃん」
その声に紗夜は振り返る。紗夜を呼んだ男は気持ち悪い笑みを浮かべながら紗夜に向けて小刀を振りかざしていた。
「あっ……」
太陽に照らされてキラリと光る刃。その切っ先が紗夜の首元目掛けて振り下ろされる。
「たすけ……!」
"怖い人に会ったら大声で周りの人に助けを求めましょう"
いつだったか寺子屋の先生にそう教わったのを思い出した。だが、恐怖で固まってしまった己の口から出たのは蚊の鳴くような小さな声。誰の耳にも届くことの無い悲鳴。
「恨むなら君のお父さんを恨むんだなァ!」
絶体絶命。紗夜はぐっと力強く目を閉じて頭を庇うように腕を上げた。
「…………あ、れ?」
身を縮こませて身構えるも痛みはやってこない。そろりと目を開けて男の方を見やれば、そこには倒れている人。紗夜を殺そうと小刀を振り上げていた男が地に伏せていた。
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