第165幕
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「まったく……図体だけ無駄にデカくなった子供じゃないかい」
病院のベッドの上でお登勢は眠る海の頭を見てため息をついた。
かぶき町の一件が片付いた後、お登勢たちはみな病院に入院した。
深手を負っていた次郎長はお登勢の隣でまだ眠っている。共に来た銀時も手当を受けていた所までは見ていたのだが、その後どこに行ったかは知らない。どうせまたふらふらとそこら辺をほっつき歩いているのだろう。
ただ、海だけはお登勢の傍を離れず、話し相手になっていた。
"入院中は暇だろ。仕方ねぇから話し相手くらいにはなってやるよ"
ぶっきらぼうに言った海にお登勢は、別にお前が居なくても他の奴らが代わる代わる顔を出しに来るから構わない、と言ったのだが、海は寄り添うようにお登勢の傍から離れなかった。
自分だって酷い怪我をしているのに。医者に病室に戻るようにと注意されても頑としてそこから動かなかった海。口ではああ言っていたものの、本心ではお登勢のことを心配しているんだなと勘づいた時、お登勢はむず痒いものを感じた。
そんな海は今や自分の腕を枕にし、お登勢が使っているベッドに突っ伏して寝ている。
黒く柔らかい髪を梳くように撫でてやれば、もぞっと動く頭。ひっぱたいて起こし、自分の部屋に戻れと叱ってやってもいいのだが、あまりにも気持ちよさそうに眠っているので、お登勢も起こす気にならなかった。
話し相手が眠ってしまった今、暇で仕方ない。自分も眠ってしまおうかとベッドに横になった時、隣にいるやつが起きた気配がした。
「そのまま眠っててくれたら大助かりだったんだけどねぇ。普通、刺したヤツと刺されたヤツ相部屋にするかい?」
「病院じゃねぇなこりゃ。化け物屋敷か何かか?」
「なんだと正露丸!!」
次郎長の言葉にお登勢は飛び起き、自分と次郎長の間にかかっていたカーテンを勢いよく開けた。
思わず叫んでしまったお登勢はすぐに我に返り、海の方を振り向く。お登勢の声で起こしてしまったかと思ったが、海は目を覚ますことなくすやすやと眠っていた。
「どうやらどいつもこいつもしぶとく生き残っちまったようだな」
「生き残ったんじゃない。生かされたんだよ。三日三晩、寝ずに付きっきりで看病してたよ。あんたの娘。ついでに傷が開いてぶっ倒れた私をまた逃げ出さないように見張ってたのもあんたの娘と……コイツさね」
「生きてたのか」
「こんくらいの傷でコイツが死ぬタマかね」
「化け物には化け物の童ってか」
「だから誰が化け物だ、コーヒー豆!!!」
「そいつに殴られちまったよ。こちとらボロボロで受け身も取れねぇってのによ」
ケラケラと笑う次郎長にお登勢は深いため息をついた。殴られた割には清々しそうな顔をする次郎長。
「何が楽しいんだい」
「あんだけ真っ直ぐな目で見られたら避けれるもんも避けられねぇよ」
「もう年なんじゃないかい?殴られそうになってんのに避けられないなんて」
「確かに最近よく見えねぇ時があるが、ガキの拳ぐらいはまだ見える」
それでも避けなかったのは海があまりにも純粋な想いを乗せていたから。真っ直ぐと次郎長を見据えていた目から目が離せなくて、気づいたら殴られていた。
そう話す次郎長にお登勢は何も言わなかった。
それから互いに間を開けるように口を閉ざした。次郎長は天井をじっと見つめ、お登勢は眠る海の顔を見つめ。
先に口を開いたのは次郎長だった。
「久しぶりにケンカってやつをした。男と男のケンカってやつを。あれほど痛快に負ければ笑うしかあるめぇよ。俺は約束のために色んなもん道に捨ててきた。だが、あいつは約束のために全部掬い取っていきやがったのさ。俺さえも。いや、俺は逃げてたんだ。また大切なもんを失うのが怖くって」
銀時に斬られて真っ二つになった煙管。それはお登勢の旦那が持っていたもの。約束を忘れぬようにと肌身離さず大切にしていた形見。
「あいつは俺の首に無様にぶら下がってたこの鎖砕いてったよ。"てめぇなんぞがいなくても俺たちがこの街を守る"ってよ。二十年、二十年も約束のために気張っといて最後はこのザマよ。結局俺は周り不幸にするだけ不幸にして、たった一つの約束すら守れなかった。お登勢、俺はてめぇからいろんなもんいっぺぇもらった。なのに俺は空回りばかりで、結局何も返せなかったな。すまなかったな、幸せにしてやれねぇで」
「次郎長……私は……」
落ち込む次郎長にお登勢は背を向けたまま口を開く。
が、そのタイミングで病室の扉が開かれた。否、扉に寄りかかって盗み聞きしていた奴らによって破壊された。
口々に互いを罵る奴らを真顔で見つめるお登勢と次郎長。
「次郎長、変わりゃしないよ。あんたも銀時も。どっちも自分勝手なただのバカ野郎さ。ただ、あいつには自分が誰かに支えられているように、自分も誰かを支えている存在だと気づかせてくれるヤツらがいただけさ」
これだけの騒ぎになっているのにも関わらず、ピクリともしない海を見て密かに笑みを浮かべる。こいつも銀時を支え、支えられている柱の一本。互いに互いを必要としているうちにそれは一線を越えたが、それはそれで良いと思っている。
二人がそれで幸せだと思えているなら。
「今ならあんたにも見えんだろ。心配いらないよ。かぶき町にはあんたと辰五郎の魂受け継いだバカがこんなにいるんだから。あんたは次の代に引き渡すまでこの街立派に守り抜いた。約束は果たしたんだよ。だからそいつはもう置いてきな。あんたには果たさなきゃならない約束がまだたくさん残ってるじゃないかい」
お登勢の言葉に目を見開き何かを思い出した次郎長。まだ彼には娘が残っている。娘との約束をすっぽかすなとお登勢は言葉にせずに伝えた。
「私はね次郎長。今とっても幸せだよこのかぶき町で辰五郎に出会えた。あいつらに出会えた。私らの大好きだった次郎長にまた出会えたんだから」
"今までありがとうよ、次郎長"
辰五郎と若い頃のお登勢。その二人が幻影となって次郎長の前に現れる。礼を言って笑う二人に、今まで次郎長がしてきた事は無駄ではなかったと、守り抜いてきたものが確かにここにあると気づいた次郎長は、静かに涙した。
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