第164幕
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
『これは俺でも無理だわ……』
お登勢の店を囲うように現れる奴らに海は苦しげな声を上げる。怪我一つしてない完全な状態であれば、なんとかなる数だが、満身創痍の今では自分の身を守るのが精一杯。
後ろにいるお妙や火消しの辰巳、長谷川たちを守るほどの余力は残っていない。
「あんたは引っ込んでな、桜樹」
この場をどうやって切り抜けようかと考えを巡らせている海の首根っこを西郷に後ろから引っ張られて、ふらつきながら後ろへと下がった。
『西郷さん!』
「アイツらには黙ってて欲しいんだろう?ならそれ以上怪我を増やすんじゃないよ。隠し通せるもんも隠せなくなるでしょうが」
海と平子を守るように西郷は立ちはだかるが、先の傷のせいでその場へとしゃがみ込む。
『西郷さん、あんたも無理すんなよ。俺ならまだ大丈夫だから』
「そう言ってあんた怒られてたんでしょうが。もう忘れたのかい」
西郷の言葉にぐうの音も出ない海は悔しげに俯いた。このままコイツらにここを奪われるのか。本当に何も出来ないのか。
『(どうすればいい、どうすれば守れる?どうすればかぶき町を、銀の帰る場所を守れる?)』
守ると誓ったはずなのに。アイツの帰る場所すら己には守ることも出来ないのか。悔しさと怒りで視界が滲んでいく。強く握った刀が怒りで震える。西郷が海へと手を伸ばそうとした瞬間、聞き慣れた声が頭上から降ってきた。
「やれやれ……江戸を守る人間がなんてザマだい?あんたそれでも真選組副長補佐かい?泣くことなら子供だって出来るよ。あんたらも、情けない声を上げるんじゃないよ。かぶき町の人間と聞いて呆れるわ」
『……お登勢さん……』
ゆっくりと顔を上げた先に居たのは煙草片手に紫煙を吹くお登勢の姿。
『なんでここに……!』
「どっかの黒猫が泣きべそかいてたからね。頼りなくて見れたもんじゃないよ」
いつもの様に小馬鹿にした態度。涙目になっていた海を鼻で笑うお登勢。
「つまらんケンカはこれでお開きにしようじゃないか。みんなうちの店においで、仲直りの宴会だ。海、あんた飯作んの手伝いな」
『え"、今……?』
じくりと痛む腹を押さえながら海が戸惑いの声をあげると「そんな怪我大した事ないだろう」と返され、海は苦笑いを浮かべるしかなかった。
「平子、あんたもだよ。あんたも色々やってくれたからねぇ。たこ踊りの一発や二発やってもらうだけじゃ済まないよ」
「お……登勢……」
「ババア!何呑気なこと言ってんだ!んな事言ってる場合じゃねぇんだよ!」
「用があんならさっさと済ませな。ほら、いつまで寝てんだいあんたら。こんなバアさんが重傷の身体引きずってきてんのに立てねぇとは言わさないよ。つまらんケンカはおしまい。こっからが江戸の華、本物のケンカってやつじゃないかい。あんたらが守らないで誰がこの街守るんだい。向いてる方向はバラバラでも私たちの根っこは一緒だろ。ヤクザもオカマもキャバ嬢も真選組も。みんなこの街が好きなだけじゃないかい。ただ、そんだけじゃないかい」
屋根の上から見渡すかぶき町はさぞ美しいことだろう。街を我が子のように見つめるお登勢に海は笑みを浮かべる。
どうすれば守れるかと悩んでいた事が嘘のように晴れる。悩んでいた事が馬鹿らしくなった海は肩を震わせながら笑った。
.