第82幕
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辺りはすっかり真っ暗になり、月の薄明かりの中ぼんやりと蔵を見つめる。背後から近づいてくる足音に顔を向けずに口を開いた。
「ひでぇ話じゃねぇか。親父が倒れたのにビクともしやがらねぇ」
「依頼者が倒れたんじゃこんな所におってもムダじゃろう」
「ツラが見てぇだけだ。親父の死に際にも動かねぇ頑固息子のツラを」
「気ぃついとったんかい」
銀時の隣に中村は腰を下ろす。自分と中村の間には徳利とお猪口が置かれる。
「そんだけのことしたんじゃ、おじきは。ほら……」
「おい、いいのかよ?これバカ息子のじゃねぇのか?」
「ええんじゃ。酒の味は働いとる者にさ分からんけえのぅ」
渡されたお猪口を受け取り口に含む。少しだけ味に違和感を感じたが気のせいかと流した。きっと冴えない男二人で酒を飲んでいるせいだろう。
海と一緒だったら味なんて気にしないのに。それどころか酒じゃなくたっていい。彼が側に居てくれるだけで幸せなのだから。
「わしは若のことはまだちっこいガキのころから知っちょるがのぅ。気が弱くて優しくて……昔からこの極道の世界を嫌っとった。またこの世界で生きていける器でもなかったしのぅ」
親はヤクザでも子供はそうではない。息子は堅気の道を進もうとしていた。それを邪魔したのはあの依頼人。息子が蔵へとこもる原因を作ったのは依頼者張本人だった。
「ゴチャゴチャ理屈は分からねぇよ。けどよ、死ぬ前に親が子供に会いたいっていうのによいちいち理由があんのかよ?親子が会う理由なんざ、ツラが見たい。それだけで十分じゃねぇのかよ」
目を閉じて思い出すのはあの火の海。
海の母親は燃え盛る炎の中でひたすら息子の名前を呼び続けていた。どれだけ自身が酷い目にあっていても、あの人は常に海の心配をしていたのだろう。
西ノ宮に海の居場所を吐けと脅されても、天人に何度も武器で身体を貫かれてもあの人は絶対に口を割らなかった。
母親が子供に会いたいと願っていたのに。銀時は何も出来ずに見ていた。今だったら彼女を助けられた。力さえあれば、海は母親を失うことは無かった。それだけがずっと銀時を苦しめている。
母親を守れなかった分、海は守り通さなければ。いつまでもこんな薄汚い蔵の中に居させられない。
「お前、いい男じゃのぅ。あの蔵の中にいる男もいい男だった。本気で若を心配して、ずっと蔵の前に立って声をかけ続けてた。見てるこっちが心配になるくらいに」
「あいつは俺のツレなんだわ。頑固息子が出ようと出まいと、あいつは必ず連れて帰る」
「ツレね。あんた坂田 銀時ってやつか?」
「なんで俺の名前を?」
「桜樹が教えてくれた。おじきにあんたらのことを教えたのはあいつだったからのぅ」
「なるほど。だから俺達が呼ばれたわけか」
有名になったのではなく、海が銀時たちのことを依頼人に話していたのか。
自分ではどうにもならなかったときの為に銀時の名前を出したに違いない。知らないところで海に頼られていたと知って、銀時は顔が赤くなるのを感じた。
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