第81幕
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「いつまでここにいるつもりだ?」
『そろそろだな』
あまり遅くなれば土方がこの屋敷に押し入ってきそうだ。相手はヤクザ。変なことをすれば抗争になりかねない。穏便にことを済ませるには海が大人しく外に出なければならないのだ。
その為には中にいる息子に出てきてもらうしかない。
「ならとっとと帰れ。お前がいたところで若は出てこねぇよ」
『あの爺さん、先長くねぇだろ』
「なんでそれを……」
海の問いに中村は目を見開いて驚く。
あの老人は悟られまいと隠していたようだったが、微かに血の匂いがした。時折、苦しそうに咳き込んだかと思えば、側に控えている者から薬をもらって飲んでいる。口の端から垂れている血を見た時に悟った。
『病院に行かずにずっとここに居るってことは多少なりとも息子のことが心配なんだろ?自分が死んだあと一人残される子供のことを思ったらそりゃ心配にもなる。それに……叶えられるもの叶えてやりたい』
死に際の願いだ。出来ることなら会わせてやりたい。息子がどう思っているか分からないから、一度話してみないことには進まないけれど。
「……優しいんだなあんたは」
『そんなことない。親の顔も見たくないって言ってる奴を引きずり出そうとしてんだから』
蔵の扉に手をつく。頑丈そうな扉は押してもビクともしない。でも、ヒビが入っているところを攻め続ければ壊れそうな気がする。
「……もう遅いんだよ」
『中村さん?』
「今更若を呼びつけたってもう遅すぎるんだよ」
渋い顔で俯く中村を訝しげに見やる。彼は何かを隠している。どうしてそんな頑なに息子を"出したがらない"のか。
『中村さん、あんた何か知ってるだろ。息子さんは──』
突然の眠気。ずんっと頭が重くなり身体を動かすのも億劫なほど。グラグラと揺れる視界で中村は辛そうに笑っていた。
「悪いけど、あんたには眠っててもらうよ」
『お、まえ……なにを……』
「飲みもんに睡眠薬混ぜさせてもらった。まだバレるわけにはいかないんでな」
『はっ……蔵に……息子は……』
「あぁ。居ねぇよ」
『…………あ……』
どうりでここに居させたくないわけだ。中に息子がいないと知れたらどうなることか。
なら中にいる気配は一体誰なんだ。
『まさか……お前……息子さ……』
殺したのか。という言葉は声に出なかった。立っているのもしんどくて扉を背にしてズルズルとその場に座り込む。右足が引き攣って痛みが出たけど、それすらも曖昧に感じるほどに。
「悪いけど、事が終わるまではお前には眠っててもらう。もっと早くあんたみたいのが若の近くに居てくれたら……変わってたのかもな」
意識が途切れる間際、中村は蔵の錠を外した。ちらりと見えた中には息子ではなく女の姿。
『(ああ、もうこの世にいないのか)』
中村に腕を引かれて中へと連れ込まれたあと、海の意識はプツリと切れた。
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