第81幕
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蔵の前で声をかけて数時間。そろそろ疲れてきた。
どれだけ声をかけても中にいる人間は返事をしない。本当に中に人がいるのかと疑問に思ったが、人の気配を感じるのでいるにはいるらしい。
「おい、もう休んだらどうだ?」
『あんたは?』
空がオレンジ色になり、下愚蔵も今日はもう休むと言って屋敷に戻って行った後に来た男。紫色の着流しに身を包みゆっくりとこちらに歩み寄ってきていた。
「俺は中村 京次郎。あんたは?」
『真選組副長補佐、桜樹 海だ』
警察手帳を胸ポケットから取り出して中村へと向けるも、興味無さそうに仕舞えと手を振られる。
「若のことはもうほっといた方がいい。今更、外に出てこいと言ってももう遅い」
『心配じゃないのか?何年も中から出てこないなんておかしいだろ。こんな狭いところで。陽の光も届くかわからないような所になんか』
朽ちかけている蔵を見る。もう何年も手入れされていないのだろう。中に人がいるから手出しできないというのもあるんだろうが。
そんなに息子に会いたいと願うのなら蔵を壊してしまえばいいものを。そうすれば嫌でも中から出てくるはずだ。本人が死にたいと思っていなければ。
「あんたは他人なのになんでそこまでして若を心配するんだ?」
『頼まれから、と言ったら冷たいか。ヤクザの頭が警察なんかに頭を下げて頼んでくるんだ。相当切羽詰まってるんだろ。跡取りの為なのか、それとも大切な子供だからかは分からないが。どうしても会いたいって言うなら少しくらい力になれたらと思っただけだ』
「随分と健気なお節介だな。それでこんな所に何時間も突っ立てんのか。聞いたぞ。あんた足を怪我してるって」
『流石に疲れてきた。左足が痺れてきててしんどい』
「そう思って椅子を持ってきてやったよ」
中村は溜息をつきながら簡易的な椅子を広げる。ここに座れと促され、海は礼を言いながら腰掛けた。
「確か昼頃からここに居たよな」
『そうだけど』
「昼飯は食ったのか?」
『食べてきた』
だから大丈夫だと言おうとした海の気持ちとは裏腹に腹はぐうと情けない音を鳴らす。
「減ってんのな。ほら、これ食え」
中村が取り出したのは竹皮に包まれたおにぎり。
『あんたの分じゃないのか?』
「俺はさっき摘んできた。これはお前さんが食え」
『じゃあ有難く頂く』
もそもそとおにぎりに口をつけながら蔵を眺める。
『息子さんはどんな人なんだ?』
「若か?若は……優しい人だ」
ぽつりぽつりと話し始めた中村はとても穏やかそうな表情。蔵の中にいる息子をとても慕っているのがよく分かる。
『そんなやつが蔵に篭もるほどの理由、か』
これはもしかしてただの喧嘩ではないかもしれない。そう思った頃にはもう時間が足りなかった。
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