第74幕
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「ねぇ、兄さん。聞いた?」
『何を?』
書類に目を落としたまま朔夜の話に耳を傾ける。
「土方さんが攘夷浪士に頭下げてたって。しかも最近、部屋にアニメのフィギュアが置かれてるって」
『前者は知ってる。俺もその場に居たからな。後者は知らない』
「あ、本当なんだ」
昨日のことはもう噂になっているのか、朝食中はその話で持ち切りだった。
あの副長が攘夷浪士に頭を下げたなんて天と地がひっくり返っても有り得ない。でも、伊東が近藤にそういったのだから本当のことなのだろう。
昨日一緒に見回りに行った時に何があったんだと隊士たちから質問攻めされ、海は顔色を変えずに知らないとだけ答えた。
それ以上何も言えない。むしろ聞きたいのはこっちの方だ。
『土方が自分の意思でそんなことすると思うか?』
「え?だってしたんじゃないの?」
『した。だが、あれは土方がしたくてしたという感じではなかったように見えた』
土方の性格を考えればわかる事だ。あれだけプライドの高い人間があんな易々と頭を下げるだろうか。命の危機に瀕しても土方は頭を下げるなんてことしなさそうなのに。
もしもだ。もし、土方が裏でそういう事をしていたとしてもおかしい。一人の時に頭を下げるのならわかるが、昨日は海も一緒にいた。その状況で攘夷浪士と取引なんてするだろうか。
そして駆け寄った際に土方が途切れ途切れに口にした身体の自由がきかないというもの。あれはどういう意味だったのか。それさえも謎のままだ。
『……どうしたもんかな』
「兄さん?あ、兄さん!墨、垂れてる!」
物思いにふけっている間に筆の先から墨が書類へと零れ落ちていた。慌てた拭こうにも墨は紙に染み込んでしまっていた。
「新しいの貰ってくる?」
『だな……これはもう使えそうにない』
「なら僕がもらってくるよ」
自分で取りに行こうと朔夜を引き止めたところで廊下から声をかけられる。
「桜樹くん、少しいいかね」
襖を開けて入ってきたのは伊東 鴨太郎だった。朔夜は戸惑いながら伊東と海を交互に見る。
『ええ、構いませんよ。朔夜、続きを頼む』
「は、はい……」
狼狽えていた朔夜の腕を引いて座らせ、伊東と共に部屋を出る。
障子が閉まる間際、伊東が朔夜のことをじっと見ていたことに気づき、海は素早く戸を閉めた。
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