第30幕
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
にやりと口角を上げる似蔵を訝しげに見つめる。自分の力ではなく刀の力。その意味がわからず、海は身構えた。
だが、その意味はすぐに分かることになる。似蔵が持つ刀の異様な雰囲気によって。
『なんだよ……それ……!』
「ククク……これが紅桜の力よ」
幾つもの管が似蔵の腕へと入り込んでいく。それはまるで刀が似蔵の身体を取り込んでいるようにも見えた。
「さぁ、続きをしようじゃないか」
『なっ……ぐっ!』
刀とその身を一つにした似蔵。先程よりも俊敏な動きの似蔵に息を呑む。これが刀の力だとでもいうのだろうか。
そんな馬鹿な話があってたまるか。刀にそんな力があるわけが無い。ならばこの様変わりした力量と素早さは一体なんなんだ。
「どうだ?紅桜の強さは」
紅桜。うっとりと見惚れるように似蔵は紅桜と呼んだ刀を見た。それは最早人を斬る道具ではなく、生をもったもの。生き物のように脈を打っているように見えて、海はじわりと嫌な汗をかいた。
本当にあの刀が似蔵に力を貸しているのであれば。紅桜が似蔵の身体能力を底上げしたというのであれば。
答えは簡単である。
『要はその刀が無ければお前はそんなでもないってことなんだよな?』
海は不敵に笑って紅桜と呼ばれる刀を見据える。あのよくわからない刀さえ無くしてしまえばいい。あの刀を壊すのには骨が折れるだろう。ならば、刀を扱っている似蔵の腕を切り落としてしまえば問題は無い。人間の身体を斬ることには慣れているのだから造作もないはず。
「っ!?」
似蔵を殺す。この男は辻斬りの犯人だろう。本来ならば生け捕りにして事情聴取やらなんやらをやらなければならないところなのだが、この男が大人しく捕まってくれるタマではないだろう。
それに下手に生かして事情聴取なんて受けさせたら何を喋るか分からない。海や銀時の過去を知っている人間は少ない方がいい。
これから先、静かに暮らしていくためにはこの男の口を一生塞がねばならない。
海から漂う殺気に似蔵は引き攣った笑みを浮かべる。蛇に睨まれたカエルのように身動ぎ一つ出来ず、海の動きを注視することに専念していた。
「桂と殺り合ったがこんなもんではなかった……面白い……面白いぞ、桜樹 海!」
『お前……桂に何しやがった』
「少し相手をしてもらっただけだよ。言っただろう?"摘み食い"をしたと」
『……殺す』
摘み食いの意味を理解し刀を強く握りしめる。もはや右手の怪我の痛みなど気にならなくなっていた。
桂を、大切な友人を襲った。それを許せるはずもない。
怒りに任せて似蔵へと刀を振るう。その速さは紅桜を持つ似蔵も感知出来ぬほどの素早さ。あっという間に距離を詰められた似蔵は身を守ることも出来ず脇腹を刺された。
「ぐはッ!……っぐ……」
『終わりだな。おい、桂はどこだ。吐け』
「残念だが……やつはもう……かはっ……それにこれで終わりではない……俺は囮でしかないのだからな」
『囮だ?お前、なんのこと言って──』
地面に倒れ伏し、血を吐きながら笑う似蔵に首を傾げる。
その直後、海の首元へとチクリとした痛みが走った。慌ててその場から飛び退き、自分が立っていた所を見ると、空の注射器が地面に転がっている。
「おい、生きてるか」
「なんとかな……流石に閃光には敵わないらしい」
「お前がこいつを殺そうなんざ百年あっても足りねぇよ」
『……しん……すけ?なんでここに……』
似蔵と親しげに話す男。女物の着物に身を包んだ晋助は似蔵から海へと目を向ける。
「言っただろう。次は迎えに行く、と」
この場から、晋助から逃げなければと頭の中で警鐘が鳴る。グラつく視界の中、必死に身体を動かして彼らから距離を置こうとした。
首に刺されたあの注射器。なんの薬を盛られたのかはわからないが、その成分は徐々に海の動きを封じていく。
『……っ……くっ……』
「お前用に強くしてもらったんだがな。まだ抵抗できたか」
ふらつきながらもその場から離れようとする海のあとを晋助はゆっくりとついてくる。
数メートル歩いたところで力尽き、地面に膝をつけた。飛びそうな意識を必死に繋ぎ止めようとしたが、海の意思に反して身体は徐々に力が入らなくなっていく。ここで意識を失えばどうなるかわからない。
「もう諦めろ」
諦めて俺の元に来い。そう言って晋助は海の腕を掴んだ。その手を振り払おうとしたが、遠のいていく意識ではそれすらも叶わない。
「帰るぞ、海」
晋助のその言葉を最後に海の意識はプツリと途絶えた。
.