第40幕
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海が男に連れられてやってきたのは城の中の来賓室。部屋に来るまでには混乱していた頭もすっかりと落ち着いていた。
部屋に入ると男は海にソファに座るようにと促したが、要件を聞いたらすぐに帰るつもりなので首を横に振って断った。男はそんな海の態度に寂しそうに笑って一人でソファに腰掛ける。
「ゆっくり話をしようじゃないか。海」
『話すことなんて何一つない。今更父親ヅラか?』
「そんな言い方……いや、私がお前にしたことを思えばそうなってしまうか」
海の言葉と睨みに男は俯き、膝の上に乗せた手を握りこんだ。
幼少の頃、この父親と名乗る男は海に対して手酷く当たった。まだ子供である自分に暴言を吐き、あろう事か手まであげていた。痛みと悲しみで何度も泣いた記憶がある。
その度に罰だといって暗い部屋に閉じ込められもした。何度も行われたその行為は今ではトラウマとなっていて、真っ暗な部屋に入ると当時の恐怖が蘇るようになっている。
屋敷の使用人達はそんな海を無視し、主人である西ノ宮の言いつけを従順に守っていた。どれだけ怪我をしても助けることなかれと。
あの屋敷での唯一の海の味方は母親だけだった。
そんな父親を海が認めるわけもなく、ましてや家族としてまたやり直す気などもない。
『俺にはあんたに用はない。帰らせてもらう』
もう話すことなんてないと吐き捨てて海は踵を返す。扉のドアへと手をかけた時、後ろから肩を捕まれた。
ゆっくりと振り返れば西ノ宮が焦りの顔で海を引き止めた。肩を掴む手には徐々に力が込められて痛みが伴う。
『離せ』
「頼む、行かないでくれ。謝りたいんだ。海と海のお母さんにした事を」
掴まれたままの手を振り払おうと右腕を上げた海は"お母さん"という単語を聞いて手を止めた。
母にしたこととはなんだ。
松陽の元に預けられた後、西ノ宮とは疎遠になった。目の前にいる父親もここには居ない母親とも一度も連絡を取らなかった。それは取らない方が良いのだと、自分は母に捨てられたのだと思っていたから。
父親である西ノ宮が海のことを殴る度に間に入って庇ってくれた母。自分の代わりに殴られていた母は肉体的にも精神的にも限界だったのだろう。海を松陽の元へ捨てることによって、母はこの男からの暴力から逃げることが出来たのか。
去っていく母の背中を見つめることしか出来なかった海はその後の母のことなど知る由もない。
『あの人に……母さんに何したんだ』
ドアノブから手を離し、顔だけじゃなく身体ごと西ノ宮の方を向いた。西ノ宮は海の肩から手を離し、苦しげな表情で絞り出すように話し始めた。
「深雪は天人に殺されたんだ」
『……は?』
「海を連れて屋敷を出ていった後、深雪は遺体となって見つかったんだ」
母親が死んだ、と語る西ノ宮は悔しそうに顔を歪めていた。海を松陽の元に連れていった後、母親である西ノ宮 深雪は天人に嬲り殺された。
西ノ宮が深雪を見つけた頃には既に亡くなっていた。焼け焦げた小屋の中で黒焦げの姿になった深雪は手足を鎖で縛られて逃げられないように拘束されていたとのこと。生きたまま焼かれたのか、それとも一酸化炭素中毒で焼かれる前に亡くなったのかは本人にしか分からないことだった。
どちらにせよ深雪は天人によって亡き者にされた。そう話した西ノ宮はうっすらと目に涙を溜めていた。
『なんでそんな事に……。なんで母さんが天人に殺されるんだよ』
「それは……」
深雪が天人に殺される理由なんて無いはずだ。あの大きな屋敷に篭るように生きていた。外に出ることもせず、毎日海の相手をしていた。もう顔を思い出すことは出来ないが、いつも笑顔を向けられていたのは覚えている。
そんな人が何故天人に目をつけられたのか。
その答えは全て西ノ宮にあった。
その頃はまだ天人の侵略が緩やかだった頃。国のトップがまだ天人と対話を望んでいた時。天皇の懐刀だった西ノ宮家は天人の侵略をなんとか阻止しようとしていたのだろう。
日本を外の者に汚されぬようにと。反抗したが故に目をつけられ、深雪は見せしめとして殺害された。
それが深雪の最期。
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