第39幕
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「西ノ宮って、確か天皇に仕えていた一族でしたよね!?」
"西ノ宮"
代々、天皇に仕えてきた一族の家系。どの時代にもその名を残すほどの名家。かつては西ノ宮と聞けば誰しもが天皇の傍らに立つものとして崇め、自然と頭を垂れていた。
だが、それも今は遠い話。天皇に変わって天人がこの国を支配してからというもの、天皇の周りの者たちは徐々に衰退していき没落していった。その中でも西ノ宮は一番の被害を受けたであろう。天皇の懐刀とまで言われていた西ノ宮家。天皇が表舞台に出なくなったのと同時に、西ノ宮も元々の役割を失った。
西ノ宮家が仕える先を鞍替えしたと聞いたのはいつだったか。あれは確か、戦争が終わってすぐだったような気がする。
その名前に銀時は心当たりがあった。名前自体は数回しか聞いた事はないが、その数回が記憶に残る場面ばかりだった。
そして西ノ宮を耳にする時にいつもそばに居た人物。その人物の苗字でもあった。
「今は天人に仕えてるんです」
ぽつりと虚しそうに呟いた少年は乾いた笑みを浮かべていた。年齢の割には深みのある表情をする彼に、これまで背負わなくてもいい苦労を背負ってきたのだなと悟った。
「天人襲来のせいで……」
「あまり大きな声で言えませんけどね。……酷いものです」
天人のせいで何もかもが変わった。一番変わってしまったのは彼の家であろう。西ノ宮家の当主は家の存続の為に仕える先を天皇から天人へと変えた。それは国全体の反感を買うことになったが、西ノ宮家が潰えるのは回避された。
"天人に媚びへつらう国の恥晒し"と後ろ指を差されながらも西ノ宮は天人の側に寄り添った。
それを"彼"がどう思ったのかは知らない。その頃にはもう己は隣に居なかったのだから。きっと"彼"もこの事には何かしら思ったであろう。怒りか憎しみかは分からないが。
「この写真のヤツに会ってどうするつもりだ」
天人の話から写真の話へと戻す。少年、もとい西ノ宮 朔夜は銀時から向けられた冷たい眼差しにひくりと喉を鳴らした。
「兄が生きてるのであれば一目会いたいんです。家族がいるのであれば会いたいのが普通じゃありませんか?」
「普通じゃなかったら?」
「ちょ、銀さん!何言ってるんですか!」
「新八は黙ってろ」
銀時は横から茶々を入れてくる新八にぴしゃりと言い放つ。まだなにか言いたそうな新八は銀時の稀に見る真剣な表情を見てしまい、それ以上何も言えなくなった。
「普通じゃないってどういうことですか」
「アンタは家族に会いたいと思うのが普通だと言ったな。なら、家族に会いたいと思わないやつが普通じゃないってことだろ。この写真に写ってるやつが家族に会いたくないって思ってたらどうするんだ」
「それは……」
「大体、生き別れの家族探してどうすんのよ。相手はお前のこと知ってんのか?」
「僕は……父の再婚相手との子供なんです。その写真に写っている女性、兄のお母様の子供じゃありません」
「……腹違いか」
ならば益々会う理由なんて無い。会わせる理由もない。片親だけ同じだからという理由だけで"彼"の元へと朔夜を連れて行く必要は無い。連れて行ったってきっと戸惑うだけだから。
ならばこの件はここで片付けておくのがベストだろう。
「お前さ、相手にかかる迷惑とか考えないわけ?」
「……分かってます。父親が同じだからというだけで会いたいなんてわがままだって。そんなの相手の方にとても失礼だって。でも、それでも会ってみたいんです。一度だけでもいいから……兄さんって……呼んでみたいんです」
泣きそうな顔で俯く朔夜に新八と神楽がいてもたってもいられず声をかけた。朔夜の目から大粒の涙が零れ、着物を濡らし始めた頃、新八に責めるような目を向けられて銀時は朔夜から顔を背けた。
どうやら子供が変わってもあの男の態度は変わらないらしい。
銀時は朔夜が持ってきた写真へと目を落とす。笑っている子供の右隣にいる女性。その反対側に立つ男は真ん中の子供から距離を空けるようにしていた。子供と母親の優しげな笑みとは反して、仏頂面で遠くを見つめている。
それは誰が見ても父親が家族を大切にしていないというのが分かる。
結局、家族が変わっても性格が変わらなければ態度はそのままなのだ。
朔夜がまだ見ぬ兄に期待する理由。それは父から貰えなかった愛情を兄からもらおうとしているから。同じ男の子供として、家族として。自分の存在を認めてもらいたいという承認欲求。
それが今の彼を駆り立てているのだろう。
「(これはどうすりゃいいのかねェ)」
断るつもりでいたのに、朔夜の気持ちを悟ってしまった今、拒否しようとしていた思いが揺らいでしまっている。
あの子にはもう苦労をかけたくない。つい先日、やっと元気に笑い始めたというのに。そんな彼にまた厄介事を背負わせたくはない。
それに──
「俺はアイツのこと嫌いなんだよ……」
ぽつりと呟いた言葉は誰の耳にも届かなかった。思い浮かぶのは燃え盛る建物とそれを見て恍惚そうに笑う男の姿。あの光景はどれだけ年数を重ねても忘れられない。いや、忘れてはならない。
「(海……)」
黒髪の少年、海の隣で微笑む女性。彼女の最期の言葉を銀時は思い出し、唇を強く噛み締めた。
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