第36幕
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『ぎん?』
屯所を出ようとした銀時の背中へと掛けられた声。一番聞きたかった声なのに今は全く嬉しく感じない。
振り返れば会えるのに。
後ろ髪を引かれる思いで銀時は屯所の外へと足を踏み出す。
『ぎん!』
再度名前を呼ばれるが、次は足を止めることもしない。聞こえない振りをして帰ろう。この気持ちが落ち着いたらまた会いに来ればいい。
そう思って海に背を向けて歩き出したのだが、数歩進んだところで背中をどんっと押された。腹部に回った腕は銀時を強く抱き締めて離さない。
『ぎん、またくるっていった。なんでかえっちゃうの?』
昨日より話せるようになっている。その事に安堵しつつ、ゆらゆらと嫉妬が再燃していく。
『またくるって……だからまってたのに。がんばっておはなしできるようにしたのに』
途端にずびずびと鼻をすする音が聞こえてきて、慌てて海の方へと顔を向ける。ボロボロ泣きながら「なんで?なんで?」と子供のように繰り返す海の頭へとそっと手を置いた。
「お前……俺と話すためにあいつらと練習したってのかよ……」
『まだ……うまくはなせないから……でも、ぎんとおはなしたいから』
いつもの気の強い話し方ではなく、子供のような話し方。きっと幼児退行が起きているのだろう。薬の影響もあるのだろうけど、海がずっと望んでいたことでもあるのかもしれない。
『ぎん、ぼくがんばったよ?』
「そうだな……頑張った。海、よく頑張ったな」
だから褒めて?と笑う海を力強く抱きしめる。何度もいい子だと褒めちぎれば、嬉しそうな声で海は喜んだ。
『えへへ!きょうずっとしらないおにいちゃんがおしえてくれたの!』
「知らないお兄ちゃん?」
『うん!ケムリもくもくしてるおにいちゃんと、おひげのおにいちゃん!』
「あぁ、多串くんとゴリラか」
『おお?ごり?』
彼らが"知らないお兄ちゃん"であるはずがない。あれだけそばに居たのに海の中から土方と近藤のことが抜け落ちている。もしかしたら真選組自体の記憶が今、曖昧になっている状態なのか。
「俺のことはわかるの?」
『うん?うん!だっていつもいっしょにいたじゃん!』
「(どこまでの記憶なんだ?)」
いつも一緒にいたということは、子供の頃の記憶があるということ。そこから攘夷戦争までの記憶があるのか、それとも……。
『ぎん』
「ん?どうした?」
『あしいたい』
「へ?」
ふと、足元へと目線を落とすと色白の素足。
「お前、靴履いて来なかったのかよ!」
『だってぎんがかえろうとしてたから』
「だからって裸足で出てくることはねぇだろう!」
砂利道を素足で歩くなんて怪我をするに決まっている。怒られた怒られたとはしゃぐ海を横抱きにして、銀時は屯所の門を潜った。
「海さーん……って、あれ?旦那じゃありやせんか」
「よお、総一郎くん」
『あ、そうごくん!』
「はいはい。総悟くんですよ」
まだ呼ばれ慣れていないのか、総悟はぎこちない笑みを浮かべながら海に手を振る。
「なんだ。旦那来てたんですね」
「来ちゃ悪いかよ。こちとら海に今日も行くって約束してたんだよ」
「だからあんなに……」
「なによ」
「なんでもありやせん。今日は旦那一人なんですかィ?」
「あぁ。新八と神楽に店番頼んでるから」
「ふーん。早く帰った方がいいと思いやすぜ」
「はっ、まだ帰らねぇよ」
男の嫉妬は醜いぜ?と笑って言えば、悔しそうに総悟は銀時を睨んできた。そんな事を言った自分も先程までここの人間たちに嫉妬していた、なんてことは黙っていよう。
『そうごくんとぎんはおともだちなの?』
「「まさか」」
『わー!いっしょだ!おともだちなんだ!』
きゃっきゃっと喜ぶ海に違うと否定する気にもなれず、銀時と総悟は緩やかな笑みを浮かべる。今日くらいは仲良しという事にしておこう。
それから一ヶ月半。やっと薬の成分が判明した。桂から渡された解毒薬をこっそり海に飲ませるのには苦労した。
苦い苦いと嫌がるのをなんとか宥めながら少しずつ飲ませたのだ。薬の出処を近藤たちにバレるわけにはいかないので、彼らに頼ることも出来なかった。
そんなことをやり続けて数週間、薬が効いたのか徐々に幼児退行が治った。それと同時に見舞いの必要はもうないと、土方に屯所から追い返されることとなった。
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