第34幕
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船内に響き渡る爆音。走り回る浪人達を横目に晋助は倒れている海を見つめた。
「海」
苦しそうに呻いているのにも関わらず、晋助は海を助け起こそうとはしなかった。ただ、薬の副作用である発作が治まるのを見守るのみ。
ここ数日の間に何度も乱用したせいだというのは聞かなくてもわかる。
海を誘拐してからまだ数日しか経っていない。その間に使った本数は四本。万斉がこのことを知ったら頭を抱えそうなほどの過剰摂取だ。
"その薬は使い過ぎれば人格破綻も引き起こすものでござる。使う時はよく考えて使うことだ。彼の心を本気で壊したいと思わないのであれば"
「本気で、なァ?」
もう覚悟は出来た。
万斉から渡された薬の最後の一本。打つか打たないかを悩んだ末、晋助は打つことにした。
もう心が壊れようと構わない。彼がそばに居るのであればそれでいい。あの日、掴めなかったこの手を離さないように。
『……ぎ、んとき』
「アイツがそんなにいいか」
苦しみに悶える海の口から零れた名前は目の前にいる自分ではなく銀時の名前。こんなに近くにいるのに頼られもしない。その空虚感が晋助の胸の内を黒く染めた。
「海ィ、もう何もかも壊して楽になろうじゃねェか」
注射針のカバーを外して海の首元へと近づける。これを刺せば理性を失って人形のようになるだろう。笑いかけてくれることも、恥ずかしがって顔を赤くすることも無くなる。
これから先、どれだけ海に想いを伝えても届くことはない。
「────、」
注射針を刺す前に己の唇を海の唇に重ねた。優しく、ただ触れるだけのキスを。
「これでおしめェだ」
注射器の中の液体を全部海の中へと流し込む。直後は苦しんでじたばたとのたうちまわっていたが、それも暫く経てば落ち着いた。
最後の最後に海が縋った相手はやはり自分ではなく忌々しい銀髪。
海はきっとそれが恋慕だとは気づいていない。気づかないまま、全てが終わってしまえばいい。
何もかも。
「海、お前の前に立ちはだかるものは全て殺せ。跡形もなく、全てだ」
発作が治った海は無表情で起き上がる。光のあった目はとても澱んでいた。これまで何人もの薬物中毒者を見たことがあるが、ここまで酷い人間は見たことがない。全ての感情を失って無になった人間の表情は恐ろしくも美しい。
「これでいい」
自分のものにならないのであれば、せめて誰かのものになるのは避けたい。海が自分以外の人間を選んでしまわぬように。
「海、お前は俺の隣にいればいい。お前の居場所はここだ」
彼に言葉が届いているのはわからないが、晋助は願いを込めるように呟いた。
海から返事が来ることは無かったが。
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