第32幕
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「かっこいいッスよ!海さま!」
「ええ。とてもお似合いです」
『そ、そうか?』
目をキラキラと輝かせてこちらを見てくるまた子と、うんうんと頷きながら真顔で褒めてくれる武市。
晋助に「いつまでもその服装じゃ居心地悪ィだろう」と言われて、海は武市から渡された服へと着替えた。
晋助から渡された服は懐かしい色味のもの。かつて、若い頃にこの服を着て天人と戦った。
確かその時も晋助からもらったはずだ。
『もう何年も前なのに。よくこんな服見つけてくるな』
「それは特注で作らせたものですよ」
『え?』
武市の言葉に目が点になった。わざわざ作らせるせるほどこの服を気に入っていたのか。着ているのは海であって晋助ではないのに。
武市に何故?という顔を向けたが、何も答えてはくれなかった。
「海さま!早く晋助さまにも見せに行きましょうッス!」
『お、おお……』
また子に背中を押されて部屋から出される。廊下へと出た海は晋助のいる部屋へ行こうと一歩踏み出す。だが、それ以上進むことなく足を止めた。
「どうなされましたかな?」
「海さま?」
『……晋助の部屋って……どっちだっけ?』
錆び付いたロボットがギギギッと滑り悪く動くような感じで海は二人を振り返る。
え?という顔で海を見返した二人。
「……何度も行き来してるので覚えていらっしゃるのでは……?」
武市が戸惑いながら首を傾げる。海はハッとして二人から顔を背けた。
『そ、そうだな!うん、大丈夫だわ!今思い出した』
ははは、と乾いた笑いをしながら海は晋助の部屋へと歩き出す。こっちの道で合ってるのかはわからないが、とりあえず武市とまた子からは離れた方が良さそうだ。
道が分からないなんて言ったら笑われそうだったから。
「ちょ、武市先輩!海さま、部屋とは逆方向に歩いてるッスよ!?」
「方向音痴とはどういうものなのか気になりましてねぇ」
ふふふ、と笑う武市にまた子が騒ぎ散らしている間に海はとことこと自分が信じた道を歩き始めた。
⋆ ・⋆ ・⋆ ・⋆
「……遅ェ」
部屋の戸を背にして寄りかかる晋助がポツリと呟く。
この場に立ち尽くして一時間が経過している。待てども待てども海の姿が見えず、苛立ちだけが募っていく。
着替えに行かせただけなのにどれだけ時間をかけているんだ。武市とまた子には海を着替えさせたらすぐに部屋に戻せと伝えてあるのにも関わらず、いつまで経っても帰ってくる気配がない。
「まさか……」
逃げ出したのか?
「……海」
薬を使ったとはいえ、完全に海の事を懐柔することは出来ない。それは薬を渡してきた万斉に言われたことだ。一時的に従わせることが出来ても、薬が切れれば元に戻る。今の時点で二本使っているが、まだ海の記憶は消しきれていない。
万斉から受け取った薬はあと三本残っている。全て使い果たすことのないようにと釘を刺されているが、海の状態が良くないのであれば使わざるを得ない。
「逃げようなんて思うなよ」
『晋助?』
物思いにふけっていた晋助の耳に届いた声。緩慢な動きで声のした方へと顔を向けると、海がぽかんっとした顔で突っ立っていた。
「遅ぇ」
『わ、悪い……この船の中入り組んでてわかんねぇんだよ』
「何度も行き来してんだから道くらい覚えるだろうが」
『それはそうなんだけど……』
困った顔で言い淀む海。更に小言を重ねようと口を開いた時、海の欠点を思い出した。
──あぁ、こいつは方向音痴だったか。
それなら海の帰りが遅かったのも納得がいく。
『なんか地図とかねぇの?』
「そんなもんあるわけねぇだろうが」
『だよなぁ。んー、もっとわかりやすいように目印とか付けねぇ?みんな同じ扉だからどこがどこだがわかんねぇんだよ』
「バカか。それはお前の物覚えの悪さと、勘の使い方が間違ってる」
方向音痴に物覚えが当てはまるのかは知らないが、勘に関しては文句が言えるはずだ。
海はよく、近道になるかもしれないと言って道を選ぶ癖がある。それが遠回りになる道だとしても信じて疑わない。そうやってめちゃくちゃに動き回るせいで迷子になり、目的地に着くのが遅くなるのだ。
「なんで武市とまた子に聞かなかったんだ」
『だって二人とも忙しいだろ?』
「お前をここまで送るくらいの時間なら取れるだろ」
『そんなことで手を煩わせるわけにはいかないだろ?今、俺暇だからいいよ』
そう言ってヘラりと笑う海にイラッとしながらため息をついた。
待たされる側の身にもなれ。このクソ方向音痴が。
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