第55幕
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「朔夜、トシ。準備はいいか?」
「はい!」
「あぁ」
一週間後、道場には朔夜と土方が対面するように正座していた。
道場の入口にはぞろぞろと隊士たちが集まり、土方と朔夜のどちらが勝つのかを見に来ていた。近藤の声が道場に響き渡る中、どこからともなく笑う声が聞こえてくる。
「おい、お前らいい加減に……」
困った顔で隊士たちを窘める近藤の声を遮るように海は持ってきていた刀の先を床へと叩きつけた。突然のことに近藤も隊士らも驚き、今まで無視していた土方もこちらをちらりと見た。
『始めてくれ』
「そ、そうだな。これより土方 十四郎と西ノ宮 朔夜の模擬戦を開始する。制限時間は無制限、どちらかが一本取った方が勝ちとする。それでは……始め!」
近藤の声のあと二人は静かに立ち上がり頭を下げる。
「海、本当に大丈夫なのか?」
『多分?』
「多分って……曖昧だなぁ」
『教えられることは教えた。それを発揮出来るかは朔夜次第だ。出来なければここを出ていくだけだろ?』
「そりゃそうだけどよ……」
近藤が心配するのも無理はない。朔夜が特訓出来たのは一週間だけだったから。そんな短時間で土方から一本取れるほどの実力を得られるとは誰も思わないはずだ。ここにいる誰もが朔夜の無駄な足掻きと思っている。
だが、それは普通に稽古をつけた場合だ。
「……えっ」
『近藤さん』
「あっ、えっと、二人ともそこまで!勝者……西ノ宮 朔夜!」
模擬戦はものの数分で終わりを告げた。誰もが予想していなかった終わり方。負けると思っていた朔夜が土方から一本取ったのだ。
「兄さん!勝ったよ!」
『喜ぶ前にちゃんと礼をしろ』
「あっ、はい!」
呆然と立ち尽くしている土方に深々と頭を下げる朔夜を近藤たちは目を丸くして見つめる。
「海、今何が起きたんだ?確かに朔夜はトシから一本取ったよな」
『取った。模擬戦と言えどもあれが竹刀じゃなくて真剣だったら首取られてたな』
海の言葉に近藤はギョッとしたように目を見開く。
「いやいやいや、一週間だけだよね?朔夜が稽古してたのって一週間だけだったよね!?」
『俺が稽古をつけたのは一週間。でも、朔夜が刀を竹刀を持って稽古してたのは二週間くらいか。総悟から基礎は教えられてたみたいだったから楽に教えることが出来た』
朔夜は既に基礎は出来ていた。海が教えたのは如何に早く相手から一本取れるかだ。要は土方攻略法を一週間で朔夜に叩き込んだ。
「一週間であんなに早くなるものなのか?」
『そこまで期待してなかったけど……まぁ上出来だな。朔夜の動体視力は目を見張るものがある。鍛え上げればもっと良くなるだろうな』
今回は土方が手を抜いてくれたおかげとも言える。朔夜が自分から一本取れるはずがないという自信が隙を生んだ。そこを朔夜に突かれた。
土方がいつものように身構えていたら勝てなかったかもしれない。
『土方』
立ち尽くしている土方にそっと声をかけるとハッと我に返って何が起きたのかを海に問いかけてきた。
「稽古してたときはあんなに早くなかっただろ」
『対戦相手が見てるところで本気を出させると思うか?自分の技を見破られたら負けるだろ』
「そりゃそうだな」
道場での稽古中、朔夜にはわざと本気を出すなと言っていた。そうしなければ土方に朔夜の成長具合がバレていただろう。
『騙した感じになってごめんな』
「いや、気づかなかった俺が悪い」
『朔夜を勝たせるにはこうするしかなかった。土方は勘が鋭いから少しでも朔夜の動きを見せたら察すると思って。お前の目を欺くのは苦労したよ』
「すっかり騙された。朔夜があれだけ動けるようになってたとは……。なあ海。朔夜に教えられるなら他の隊士たちにも教えられるんじゃねぇのか?」
『それは無理だな。俺のやり方とあいつらのやり方じゃ全然違う。お前も知ってるだろ?俺が流派に沿った剣術を身につけてないの』
土方や近藤らは幼少時から道場で学んでいる。剣術も各々流派に沿ったものを会得し、そこから独自のやり方で強くなっている。
だが、海は基礎的なものは教えられたものの、そこからの剣術は流派などという固定のものは使っていない。
海の剣は人斬りに特化し過ぎている。攘夷戦争を生き抜く為にがむしゃらに戦って得た力。それは侍としての流儀もクソもない。ただ誰かを殺すための剣術だ。
『そんなもの……誰かに教えられるわけないだろ』
「何か言ったか?」
『いや、なんでもない。とりあえずこれであいつらも落ち着くだろ』
土方に勝った朔夜を隊士たちは囲み、一体どんな特訓をしたんだと問い詰めている。戸惑いつつも説明している朔夜の横顔はどこか嬉しそうに見えた。
「逆だろ。これからあいつの周りは騒がしくなるぞ」
『最年少の隊士だから可愛がられるのか』
「違う。お前の弟子だから気になるんだよ」
『弟子って言うほどでもないだろ』
「お前一度だって他の奴らに稽古つけたことあったか?」
ここに来てからは一度もない。土方や総悟と稽古をしたことはあっても、他の隊士たちと剣を交えたことはなかった。なんせ今までデスクワークが主だったから。
「お前が強いことは知ってる。だが、こうして目に見える形にしたのは初めてだろう。だから興味津々ってとこだ」
『そんな見せびらかすようなもんでもないからな』
「それでも気になるヤツは気になるんだろう。良いじゃねぇか。暫くは話の種が出来んだろ」
隊士たちにはぶかれることはもう無くなる。これから朔夜は仲間として見てもらえるはずだ。
『騒がしくなるのだけは勘弁してもらいたいけど』
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