第32幕
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規則正しい海の寝息を傍で聞きながら紫煙を漂わせる。もぞりと寝返りを打った海に柔らかい表情を向けて、艶のある黒髪を梳くように撫でた。
「晋助さま、あの女の処理は終わったッス」
そっと襖が開けられ、そちらへと目を向けるとまた子が顔をのぞかせた。
「そうか」
「その……海さまは大丈夫なんスか?」
ちらりとまた子は海を見やる。
部屋についた途端、力尽きたように海は倒れた。
"晋助、ごめん……なんか、眠い"
倒れる寸前に晋助の袂を引っ張った海はとても眠そうな顔をしていた。今にも寝落ちてしまいそうな海を抱き寄せて寝かしつけるように背中を撫でてやったら、そのまま目を閉じてしまった。
薬による身体への影響が出ているのだろう。記憶を封じるほどの薬物だ。それなりにデメリットだって出てくる。それでも晋助は薬の投与を止めることは出来なかった。今やめたら手に入らなくなってしまうから。
「疲れたんだろ。あの女と顔見知りだったからな」
布団に寝かされている海を憂い気に見つめるまた子にそっとため息を漏らした。
海をこの船に連れてきてまだ一日。それなのにこのまた子の懐きようである。元々、女子供とは親しくなりやすい性格の人間だが、警戒心の強いテロリストでさえもその内に入れてしまうとは。
海が船の人間らと仲良くなって馴染んできているのはいいことだ。そうすることによって晋助の嘘に信ぴょう性が増してくる。だが、あまりにも簡単に行き過ぎていて逆に不審に思ってしまう。本当は薬の効果が効いておらず、相手を油断させて逃げ出そうとしているんじゃないか、と。
だから先程二本目を使った。海が眠っている間に。
「……そうッスか」
寝込む海と気落ちして俯くまた子。この状況をどうするかと考えながら月夜へと目を向けた。
『……晋助……?』
もぞりと海が動くのが見え、目線を下へと戻す。眠そうにうとうとしながらも、海は晋助を見上げていた。
「起きたか。どうだ具合は」
『なんとか……大丈夫』
そう言って起き上がろうとする海の肩を押し、まだ寝ていろと無言の圧をかければ、海はむくれた顔を浮かべた。
「海さま!起きたんスね!」
『あー……ごめん、余計な心配かけちゃったな』
苦笑いを浮かべた海が寝ながらまた子の方へと顔を向ける。ごめんな、と謝った海がまた子へと空いている左手を伸ばし、傍においでと手招きをした。
その手を見たまた子が嬉々として海の元へ行こうとしたが、晋助の顔を見てピタリと足を止めた。
「……好きにしろ」
『晋助、そういうこと言わない。お前顔面が凶悪すぎんだよ。もう少しその顔を緩ませるとか出来ねぇのか?』
「悪かったな。お前みたいに年中、笑顔貼り付けてるようなアホじゃねぇんだよ」
『はぁ?年中悪人ヅラしてる晋助に言われたくねぇわ』
「八方美人よりかはマシだ」
『誰にでもいい顔してるわけじゃ……』
晋助の言葉に拗ねた海は布団を鼻先まで引き上げる。そんな可愛らしい拗ね方に思わず緩い笑みをこぼした。
『……いつもそういう顔してれば怖がられることないんじゃないか?』
「うるせぇ」
晋助の手を握っていた海の右手は晋助の頬へと向かう。触れやすいようにと背を曲げてやれば、指先はそっと頬をなぞった。
『少しでもいいから笑えよ』
「笑う理由がねェ」
『俺が晋助を笑わせればいい?』
そう言ってふわりと笑う海。きっと本人は何気なく言ったのだろう。だからその言葉には本気で返さない。
「やれるもんならやってみな」
『任せろ。晋助がケラケラ笑えるくらいにはしてやっから』
勝ち気な顔をする海に晋助は鼻で笑った。
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