第32幕
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ぺたり、と草履を鳴らしながら海の元へと歩み寄る。
海は真っ青な顔をしながら刀を地面へと落とし、倒れ込みそうになった女を抱き留めてその場に座り込んだ。
その目に光が戻りつつあることに気づいた晋助は先程まで浮かべていた笑みを消した。
『か、ぐら……』
知り合いだったのだろう。女は何度も海の名前を呼んで正気に戻そうとしていたみたいだったが、その願いは海に届かなかった。
斬った衝撃で相手のことを思い出すなんてなんとも皮肉な話だ。
銃弾を何発も浴びた女の身体は傷だらけで、抱きとめている海の服を真っ赤に染め上げていく。べっとりと血の付いた手をまじまじと見た海はガタガタと震えながら女を強く抱き締めた。
『俺が……神楽を……?俺……が?あっ……ああぁあぁぁぁ!』
「し、晋助さま!海さまが!」
「気にするな」
騒ぐまた子に一声かけ、晋助は泣き叫ぶ海の傍らに膝をつく。ぼろぼろと大粒の涙を零す姿を見て綺麗だと思ってしまった自分はきっと歪んでいるだろう。
もっと泣かせたい。絶望に打ちひしがれて喘ぐ姿を見たい、と。
こぼれ落ちていく涙をそっと指先で拭ってやると、海はゆっくりと顔を上げた。
『しん、す……』
「まだ息はしてる。そのままだと死ぬかもしれねェがな」
晋助の言葉にハッと我に返った海は女の脈を測ろうと真っ赤に染まった手で首元を触る。死んでいないと悟ると、女の身体を抱き直して海は立ち上がった。
『晋助!早く神楽を病院に!』
「あァ。お前を人殺しにするわけにはいかねェからなァ」
"人殺し"
これまで何人も殺してきてるはずなのに、海は晋助の言葉に目を見開いて驚いていた。まるで初めて人を殺めてしまったかのような様子で。
知り合いを手にかけそうになったというのが海にとってはそれほどのショックだったということだ。
昔から同士討ちを苦手としていた海の性格を考えてわざとこの状況を作った。少しずつ海の心を壊していくために。
「来島、この女を連れて行け」
「はいっス」
近くにいたまた子に声をかければ、素早く海の元へと駆け寄る。抱かれている女の腕を掴もうとしたまた子だったが、その手は空を切った。
『俺が病院連れて行くから』
「えっ……でも、」
「海、お前はまだこの船から降りるな」
『なんで?』
「お前を襲った人斬りがまだそこら辺をうろついてる。危ねェだろうが」
それくらい大丈夫だと強がる海に晋助は再度ダメだと釘を刺す。海は逡巡した後、諦めたように女をまた子へと託した。
『ごめん、また子』
「いえ、気にしないでくださいッス。ちゃんとこいつは連れて行くッス」
牢屋に。とは海には伝えずにまた子は女を引きずるようにして船内へと戻っていく。その後ろ姿を心配そうに見つめる海の横顔を見た晋助は少しばかり安心した。
海を襲った晩、晋助はとある薬を使った。半信半疑で使ったものだったが、どうやら上手く効能が作用しているらしい。
記憶に蓋をするという特殊な薬は晋助にとって都合の良いものだった。天人から流された得体の知れない薬物だったが、こんな所で役立つとは。
晋助にとって都合の悪い記憶は全て蓋をした。何も思い出せないと頭を抱えていた海に嘘と本当の話を聞かせて信じ込ませた。
たった一本使ったくらいでは海の記憶全てを封じることは出来なかったが、それでも上出来な部類に入る。昔の記憶は消しきれなくても、直近の記憶は全て覚えていない。
変に衝撃を与えなければ思い出すこともないのだ。
予想よりも良い結果に晋助は一人ほくそ笑む。これなら海を連れ去ることが出来るのではないかと。
「海」
また子の背を見送った後、俯いてしまった海の顎に指をかけて無理矢理顔を上げさせると、瞼に涙を溜めていた。
「お前のせいじゃねェ。こうなっちまったのは全部アイツのせいだ」
『アイツ……?』
「あぁ。てめェの大事なモンを奪おうとしてる人間だ」
『……なんで、こんな事するんだよ。なんで……』
記憶が混濁しているのをいい事に晋助は海に嘘をついた。最初こそは疑っていたが、何度も説明して刷り込ませたことにより海は段々と晋助の言葉を信じた。
「海、疲れただろ。部屋に行って休め」
『晋助……』
「大丈夫だ。お前のことは俺が守ってやる」
『……うん』
不安げな表情で海は小さく頷く。これは後で薬を追加した方がいいだろう。女のことを思い出してしまったということもあるし、それにまだ海は心の底から晋助のことを信じ込んでいる訳では無い。
「海」
『うん?』
「俺ら以外の奴らは敵だと思え。例えそれが昔馴染みだとしてもな」
『……でも、本当にアイツらが……』
「お前が狙われたのは確かだ。俺があの場に居合わせなかったら死んでただろうよ」
『意味、わかんねぇよ。なんで銀時と桂が俺を殺そうとしてるんだ』
「昔のことを知ってるのは俺とお前だけだ。口封じに消したいんだろう」
『そんなこと……!』
「言わねぇと言い張ったって聞きやしねぇよ。現に一度狙われてる。生きてると知ったらまた襲ってくるだろうよ」
過去の友に命を狙われていると言われて狼狽する海に次から次へと嘘を重ねる。似蔵とのやり取りを断片的に思い出した海に植え付けた嘘。
銀時と桂に狙われているのだから気をつけろという真っ赤な大嘘だ。
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