第四十七幕
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~Eren~
今、ヒストリアはなんて言った?
頬を赤らめてモジモジしているヒストリアを見て、エレンはヒュっと喉を鳴らした。
「ヒストリア……?」
「あっ、いや、なんとなく!なんとなく聞いただけだから!ほ、ほら……ずっと私の代わりに動いてもらってるから。その、そういう時間が取れないんじゃないかって」
"そういう時間"とはなんだ、という野暮な質問はしない方がいいのだろう。それに聞かなくても分かる。
ヒストリアのこの顔を見てしまえば。
「聞いたこと……ねぇな」
「そうなの?カイさんとよく話してるから知ってるのかと思った」
よく話してるからといってカイのことを全て知っているわけではない。むしろ聞きたいのはエレンの方だ。
好きな人はいるのか、いるのであればその相手は誰なのか。もしかして……リヴァイなのか、と。
カイと地下街に行った時、エレンたちは地下街のゴロツキに襲われた。殴られて蹲っていたカイを助けたくて手を伸ばしたけど届かなくて。
助けたいのに助けられない。怒りで何も考えられなくなったとき、颯爽とリヴァイが助けに来た。ミカサに助け起こされている時に見えたカイの顔は酷く安心した顔で。
その顔を見た瞬間、力が抜けてしまった。自分はカイの力になれていない。手伝うと言っておきながら足でまといになってしまった。
己の不甲斐なさ、そしてリヴァイにカイをかっさらわれてしまったことの悔しさで数日塞ぎ込んだ。
こんなんではカイを護れない。好きな人さえ護ることが出来ない自分をどれだけ憎んだか。この二ヶ月、申し訳なさと恥ずかしさでまともにカイの顔を見ることが出来なかった。
今もカイと目が合いそうになると逸らしてしまうほどに。
「ヒストリアはカイのこと好きなのか?」
「え゙っ!?」
「いいんじゃねぇの?」
驚くヒストリアにエレンは冷めた目。自暴自棄になっているのは分かっている。でも今はもう何も考えたくない。
どうにでもなれ。
「よ、良くないよ!だって私なんかがカイさんと釣り合うわけない、し……」
「逆だろ。女王陛下に釣り合う奴を探す方が難しい。変なやつを選んじまうよりかは、カイの方が……」
自分で言ってて段々と虚しくなってくる。ヒストリアとカイがくっつけばいいなんてこれぽっちも思ってない。それどころか、ヒストリアの恋心は実ることなく終わればいいとさえ思ってしまう。
カイを取られたくない。例え自分のことを見てくれなくても。今はまだそばに居て欲しい。
「(ガキかよ……)」
これでは駄々を捏ねていた頃と同じじゃないか。情けなくて涙が出そうだ。
「エレン兄ちゃん!!」
「うん?」
声の方へと顔を向けると、カイの所にいた男の子がエレンの方へと駆け寄ってくる。彼の肩越しに見えたカイは何故かエレンを見て微笑んでいた。
「なんだ?」
「兄ちゃん、また会ったな!」
「また?あ、お前は……」
エレンの腰にどんっとぶつかってきた男の子。その子には見覚えがある。ゴロツキに引っ張りだされて、カイたちの行方を吐けと言われていた子だ。
「兄ちゃんたちのおかげで暖かいお家に住めるようになったんだ!ありがとう!」
「俺は……なにも」
自分は何もしていない。孤児院を作ったのも、子供たちを上に連れてきたのもカイたちだ。エレンはただ、地下街に行っただけ。
「カイ兄ちゃんが言ってた!エレン兄ちゃんが手伝ってくれたから俺たちを探し出せたんだって。だからお礼を言ってこいって」
「カイが……?」
「うん!探してくれてありがとう!」
腰に男の子の腕がぎゅうっと巻き付く。そんな彼の頭を撫でながらカイの方へと目を向けた。
『エレンのおかげだよ。助かった』
「お、れは……何も……してない」
『何言ってんだよ。ついてきてくれただろ?あんな怖いおっさんたちに追いかけ回されてたのに。先に帰ってても良かったのに、エレンは最後まで一緒に居てくれたじゃん。ありがとな』
「あ……」
視界が徐々にぼやけてぐにゃりと歪む。頬に涙が伝い、抱えていた木箱にポタリと落ちた。誰にも見られないようにと顔を伏せてしまったせいで、溜まっていた分が雨のように降り注ぐ。
「兄ちゃん?大丈夫か?」
「エレン?どうしたの?大丈夫?」
「な、んでもないっ」
ぼたぼたと零れ落ちていく涙。落ちるな、落ちるなと念じてもとめどめなく溢れていく。
『エレン』
間近で聞こえたカイの声にハッとして顔を上げる。いつの間にかエレンの前に立っていたカイは優しげな微笑みで。
『言いそびれてた。手伝ってくれてありがとな、エレン』
「カイ……」
持っていた木箱を地面に落とし、カイに抱きつく。背中に両手を回してしっかりと抱きしめると、カイは吹き出すように笑った。
『ははっ、そんなに泣くなって』
「だって……俺、なんの役にも……!」
『そんなことねぇよ。ついてきてくれて嬉しかったんだから。仕事も手伝ってくれたし。本当に助かったよ』
ぽんぽんと背中を撫でられる。それはかつてカイがよくしてくれた撫で方。泣きじゃくる自分をあやす様に優しく前後する手。
『ありがとう、エレン』
柔らかく心地の良い声。そんな声を聞いてしまったらもう我慢なんて出来ない。
「うっ……つっ……」
側でヒストリアが見ているというのにエレンはカイにしがみついて一頻り泣いた。こんな情けない姿なんて誰にも見せたくないのに。
「カイ……」
『んー?』
「俺こそ、ありがとう」
『どういたしまして』
先程まで渦巻いていた劣等感やらなんやらが溶けて消えていく。お礼を言われ、ただ抱き締められているだけなのに心に穏やかさが戻ってくる。
「(ああ、無理だ。諦められない。俺はカイが好きだ)」
この温もりを手離したくない。ずっと、ずっとこのままでいたい。
誰にも奪われたくない。
安心感と共に膨れ上がる独占欲。今すぐカイを自分のモノに出来ればいいのに、と思いながら抱き締める腕に力を込めた。
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