第四十七幕
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~Eren~
「何か……」
「うん」
「思ってた女王と違うなぁ……」
ヒストリアの戴冠式から、カイと二人きりで地下街に行ってから二ヶ月が経った。カイが請け負っていた子供支援は無事に進んで、孤児院設立という形となった。地下街の子どもたちはそこで生活しており、今はヒストリアやカイが世話をしていた。
アルミンとジャンの隣でエレンもヒストリアを眺める。視線の先にいる彼女は女王にしては素朴な服、そしてお淑やかさの欠片もみられない声色で子どもたちを追っかけていた。
あの姿を見たら誰も女王とは思わないだろう。ただの子供の世話をしているお姉さんだ。
エレンはヒストリアからそっと視線を外して別の方を見る。そちらでも子供を相手にしている人物がいるのだが、そっちもそっちで白熱していた。
『ちょっと待て!お前ら四対一は卑怯だろ!』
「兄ちゃん強いから大丈夫!」
「そうだよ!全然お兄ちゃんに勝てないもん!」
四人の子供に群がられているカイはとても楽しそうに笑っている。あんなに楽しそうに笑っているのを見るのはいつぶりだろうか。
「(昔はよくあんなふうに遊んでもらってたっけ)」
今の子どもたち同様、エレンもカイの足に引っ付いては遊んでもらっていた。思い返せば、自分はかなりめんどくさい子供だっただろう。甘ったれで、常にカイと一緒でなければぐずっていたのだから。
かと思えば、鉄砲玉のように家を飛び出てって近所の同年代と喧嘩をしていた。その度にカイが仲裁に入ったり、やり返してくれたりしていた。カイが出てくると、近所の子は慌てて逃げていく。自分たちよりも遥かに歳上の人間というのもあるが、エレンに手を出したら容赦しないと毎度脅し文句を言っていたからだ。
カイに護られているのは嬉しかった。そして護られ続けているのも悔しくて、いつか必ずカイを護れるようになりたいと強く願って頻繁に喧嘩したこともある。
「(懐かしいな。あの頃はまだミカサもいなくて、アルミンとも顔見知りくらいだったか)」
あの時はカイを独り占めしていた。どこに行くのも、何をするのも一緒で。
訓練兵団に入ってしまうまではずっと一緒にいてくれた。そばに居てくれるのが当たり前だと思っていたのだ。
「(そういえば……カイって友達いたのか?)」
毎日カイと遊んでいたが、一度もカイの友人と会ったことは無かったような。
「(あっ、いやそんなことはない。確か一回だけ会ったか)」
朧気な記憶の中にたった一人知らない人物がいる。顔はもう思い出せないけれど、その男には嫌な印象を持った記憶が。
「誰だったかな」
「エレン?」
ぼそっと呟いてしまったからか、隣にいるアルミンが不思議そうにエレンを見てきた。
なんでもない、と返してエレンはまた記憶を辿る。
「(あの人ってカイの友人、だったんだよな?)」
直接聞いたことは無いから分からない。でも、唯一カイが家に連れてきた相手。訓練兵を終えて、家に帰ってきたカイのそばに居た男。
カイは彼のことをなんて呼んでいたっけ。
名前を思い出そうとしてもなかなか思い出せない。もう少しで出てきそうなのに。喉に小骨が刺さった時のようなもどかしさ。
そしてあの時のことを思い出すにつれて蘇る不快感。
「(あいつ……俺のこと睨んでたんだよな)」
それだけはしっかりと覚えている。漸く帰ってきたカイが、今度は正式に兵士となって仕事をすると言い、また家に帰って来れなくなると言われたとき、エレンは嫌だと駄々を捏ねた。
いつものように腰にしがみついて行かないで欲しいと訴えたエレンをその男はずっと睨んでいたのだ。
今まで向けられたことのない敵意に身を震わせたのを覚えている。
「(リヴァイ兵長じゃないのは確かだ。カイより身長高かったし……でも、エルヴィン団長でもない。あの人は一体誰なんだ?そもそも兵団に入ってから会ったか?)」
調査兵団に入ってからはその人物と会っていないはず。忘れていたとはいえ、彼の目を、名前を聞いていたら思い出していただろう。
それが無かったということは、調査兵団には彼は居ないということ。憲兵に行ったのか、はたまた駐屯兵団に行ったのか。
それとも。
「あー、またサボってる!」
考え込んでいたエレンの耳にヒストリアの声が入る。
荷物を運んでくれとヒストリアに怒られ、ジャンとアルミンはいそいそと木箱を運んで行った。
「エレン?どうしたの?」
「いや……なんでもない」
声をかけられてもぼうっとしているエレンにヒストリアは心配そうに顔を覗き込んできた。
「そう?体調悪いなら休んでてもいいよ?」
「大丈夫。そういうわけじゃねぇから」
「ならいいけど……」
安心たように笑うヒストリアにエレンもつられて笑う。女王らしくないな、とアルミンたちは言っていたが、彼女は女王に相応しい人物だと思う。分け隔てない優しさと芯の強さ。どれだけ過酷な状況でもめげない姿勢はとても真似できるものでは無い。
「そうだ。エレンに聞きたいことがあるんだけど」
「なんだよ」
木箱を手に取ってヒストリアと歩き出す。彼女は言いづらそうに口ごもり、そして顔をほんのり赤くさせながら小さい声で言った。
「カイさんって……好きな人いるのかな」
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