第四十三幕
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~Eren~
「あっ……」
「あ?」
「あっ、いや、えっと……」
ちらりと見えた顔。その顔はとても嬉しそうで寂しそうに見えた。
ヒストリアがリヴァイのことを殴る少し前から彼はそこに居た。不思議そうに首を傾げながら何かを言っていたがエレンたちのところまでその声は届かなかった。
ヒストリアが殴った後にリヴァイの機嫌が悪くなったら隙を見て逃げ込もうと思っていたのに。まさかリヴァイが笑って礼を言うとは思わなかった。普段笑うことの無い人間が笑っていたら誰もが驚く。
だから出遅れてしまった。ハッとしてカイの方に目を向けたら彼は嬉しそうにしたかと思った瞬間、寂しそうに俯いたのだ。そして黙って背を向けた。
「どうしたエレン」
「えっと……すみません、俺用事を思い出して……」
「用事だ?」
固まっているジャンたちからそろりと離れるとリヴァイがすかさず声をかけてくる。
「ハ、ハンジさんに硬質化の件について話があるとかなんとかって。確かそんなようなことを……」
「ああ、ウォール・マリアの穴を塞ぐ為の実験だろうな」
「そうです!俺、すっかり忘れてて……。すみません、行ってきます」
嘘はついていない。ハンジには実験したいと言われていた。ただ、その話を今日するとは言われていない。でもここから抜け出すには良い口実だ。
早くカイを追わないと。それしか頭に無かった。
「エレン」
「は、はい?」
やっと離れられると思っていた矢先、リヴァイはエレンを引き止める。
「いや、なんでもない」
「はあ……?」
実験の予定を忘れてんじゃねぇ。と怒られるのかと思っていたが、リヴァイはエレンを怒ることなくそっぽを向く。
気の抜けた返事をしてしまったことをリヴァイに謝ってからエレンは廊下を走る。
「確かこっちに……」
廊下の突き当たりを左に曲がる。すると、その先でカイが歩いているのが見えた。
ここで声をかけたらリヴァイにバレる。カイに近づいてから声をかけた方がいいだろう。
そっとカイの元へと歩み寄る。何かに集中しているのかカイはエレンが近づいて来ていることに全く気づいていない。
「カイ、」
『えっ?』
驚かせないように優しく声を掛けるとカイは勢いよくエレンの方を振り返った。
『エレン?』
「さっき居ただろ。声もかけずに行っちまうから追いかけてきた」
『追いかけて……きた?』
「ダメだった?」
『いや……ダメじゃない、けど……いいのか?リヴァイさんたち置いてきて』
"リヴァイさん"
時折、カイはリヴァイを呼ぶ時に敬称を付ける。普段は呼び捨てなのに。
「(新兵の時からの付き合いだって言ってたよな。カイはその時はさん付けでリヴァイ兵長のことを呼んでたのか?)」
付き合いが長くなったから次第にさん付けが無くなったのだろう。でもこうしてたまにカイはリヴァイをさん付けで呼ぶ。
なんとなく。なんとなくだが、そのタイミングはカイが落ち込んでいる時な気がする。初めてさん付けを聞いた時はエレンとヒストリアが連れ去られる前。隠れ家を憲兵たちに襲撃された時だ。
その時、カイはリヴァイに何かを問い詰められて動揺していた。
『エレン?』
黙り込んだエレンにカイは不安げな表情。慌てて大丈夫だと返すと、カイは少しだけほっとした顔をした。
「(カイはリヴァイ兵長のことをどう思ってるんだ?)」
ただの上官にしては距離が近い。カイがどう思っているのかは分からないが、リヴァイは確実にカイのことを想っている。
じゃあカイは?
カイはリヴァイのことをどう思っているんだろうか。
「なあカイ……。カイはリヴァイ兵長のこと──」
『あっ、エレン。これから暇か?』
「え?」
『え?』
丁度、自分の言葉とカイの言葉が重なってしまった。聞き返した言葉さえ綺麗に被ってしまうものだから二人してキョトンとする。
『今なんて?』
「カイこそなに?」
『俺はエレンこの後暇?って聞いたんだけど……』
「俺は……」
言葉にしたくせに今更聞かれていなくてよかったと思ってしまった。
「えっと……シチューって……いつ作んの、って」
『あー……そうだわ。そんな約束したわ。いつにしようか。今日作る?』
「おう……食べる。で?なんも予定無いけど何かするのか?」
『ちょっとな。予定無いなら付き合ってくれるか?』
「つき……え、ど、どこに」
付き合って欲しいという言葉に胸がどくりと跳ねる。そういう意味では無いことは分かりきっているけど、もしかしたらと期待してしまった。
『視察で地下街に行くんだけどさ。一人で行くにはちょっと……』
「分かった。ついてく」
『いいのか?ミカサたちは?』
「あいつらにはハンジさんの実験に行ってくるって言ってあるから大丈夫だろ。それに地下街にカイ一人行かせられないだろ」
地下街に行ったことはない。でも、たまに聞く話ではとても治安が悪いとのこと。そんな場所にカイを一人で行かせたくない。
兵士なのだから対人訓練も受けているだろう。それでも何かあったらと心配で仕方なかった。
『そう……じゃあ、ついてきてもらおうかな』
なによりカイが頼ってくれていることが嬉しい。リヴァイより先に自分に声をかけてくれたことが。
「すぐ行くのか?」
『命に関わることだからな。早めに済ませておきたい。ザックレー総統から立体機動装置の使用許可は取れてるから装備の準備が出来次第行くつもり』
「なら俺も準備してくる!」
『うん。ごめんな』
「謝ることはねぇよ。その、いつも振り回してばっかだから……」
カイに迷惑を掛けている自覚はある。巨人化の力を手に入れてからというものの周りの人間に、特にカイには苦労をさせてしまっていた。その分の詫びというには軽すぎることだが、手伝えることならなんでも手伝いたい。
そこに少なからず下心があるというのは秘密にして。
『別にそんなこと気にしてないけど……まあ、エレンが手伝ってくれるってんならビシバシ扱き使わないとな』
ははは、と笑うカイにエレンも笑い返す。
『二十分後に本部の前に集合な。遅れるなよ?』
「了解!」
立体機動装置を取りに行くために一旦カイと別れる。カイと二人きりで動けると浮き足立っていたせいで気づかなかった。
陰でひっそりと話を聞いていた人間の存在に。
「おい、エレン」
「えっ……」
「今の話はどういうことだ?」
ゆらりと出てきたのはリヴァイ。その顔はとてつもなく恐ろしい顔。
「リ、リヴァイ……兵長……」
「てめえらどこに行くつもりだ」
廊下の真ん中で腕を組んで仁王立ちしているリヴァイにエレンは冷や汗が垂れる。
「いつ、からそこに……」
「お前がハンジとの実験に行くと言ってからすぐだ。エレン、お前を管理してる奴は誰だと思ってる」
「リヴァイ兵長……です」
「そうだ」
こつり、と靴音が響く。ゆっくりとリヴァイがこちらへと近づいてきたかと思えば、エレンの身体は壁に突き飛ばされた。
「カハッ……!」
「俺の許可無しに実験は出来ねぇ。そして俺はハンジから実験の話をまだ聞いていない」
全部気づいていてリヴァイは行かせたのか。
蹴られた腹を擦りながらエレンはリヴァイを見上げる。
「コソコソしてんじゃねぇよ」
「コソコソなんてしてません。たまたま見かけただけで……」
「それで?二人で地下街に行くと?」
ここで素直に頷いたらもっと蹴られそうだ。でもエレンがリヴァイを誘うのは違う気がする。
どうするべきか悩んでいるうちにリヴァイは忌々しげに舌打ちをした。
「勝手にしろ。ただし、無事に連れて帰れ」
「へ……」
「何度も言わせるな」
そう言ってリヴァイはエレンに背を向けて歩き出す。
「リヴァイ兵長!一緒に……行かないんですか!?」
「俺は言われてねぇからな」
ああ、リヴァイは勝手な行動をしたエレンに怒ってるのではない。あれは拗ねているのだ。
「(……やばいな。優越感で笑っちまいそう)」
上がりそうになった口角を隠すために口を手で覆う。あのリヴァイが嫉妬している。カイがエレンを頼ったから。
やはりカイのあとを追って良かった。蹴られて痛い思いはしたけれど、それ以上の収穫があった。
この気分は忘れられないだろう。
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