｢カイさん｣


『ヒストリア？なんでここに……』


巨人討伐の準備をしている中、名前を呼ばれて振り返ると、そこには立体機動を付けたヒストリアが立っていた。


彼女は本作戦から除外されていたはずだ。それなのに装備を身にまとい、これから共に戦うのだと決意した表情でカイを見ていた。


｢これは私が収めなくてはいけないことなので｣


『いやだからってヒストリアが出てくることはないだろ。エルヴィンに止められなかったのか？』


｢まだ言ってません｣


『下がれって言われるぞ。確実に』


｢分かってます。でももう決めたんです｣


『決めたと言われてもな……ヒストリアに何かあったら俺たちの首が飛ぶし……』


民衆に明かしていないとはいえ彼女は次期女王。今は調査兵団の兵士としての括りかもしれないが、ゆくゆくは壁の中の真の王として君臨する人間だ。そんな人を巨人の前に連れ出せない。


｢死なないようにします。だから出させてください｣


『それは俺には決められない』


そんな重大なことを一介の兵士が決められるわけがないとカイは首を横に振る。するとヒストリアは突き放されたと思ったのか傷ついた表情を浮かべた。


『俺じゃなくてエルヴィンやリヴァイに言った方がいい。まあ、どちらに言ったとしても止められるけど』


｢私は……｣


『ダメだって言われても駄々こねればいいんじゃね？』


｢え？｣


きょとんとしたヒストリアにカイはニヤリと口角を上げる。間を開けてからカイは両手をぎゅっと握って駄々をこねている子供のように手を上下に振った。


『絶対出るって決めたの！誰がなんと言おうと行くの！！』


ヒストリアの真似にしては幾分か高い声が出てしまった。まさか自分でもこんな音程が出るとは思わず、内心驚きつつも、ええいままよ！と勢いに任せて喚いた。


｢えっと……あの……｣


当然の事ながらヒストリアはカイの突然の挙動に狼狽え、なんならその場から一歩足を引く。恥ずかしさを誤魔化すように、こほんっと咳払いをして
、いつもの声で話しかける。


『こんくらい言えばあいつらびっくりして何も言わなくなるだろ。今まで散々振り回されたんだからその分振り回してやれよ』


ちらりと後方を見やれば、リヴァイが腕を組んでカイたちを眺めていた。そんな彼に笑いかけながら緩く手を振る。


『それでも文句言われたら俺が言うよ。これから先、わがまま言えなくなるんだから今回ばかりは聞いてやったらって』


ロッド･レイスを討伐した後、彼女にはこれまで以上の苦労を背負ってもらうことになる。わがままなど当然、自分の気持ちを押し殺すが多くなるに違いない。


『俺はそれくらいしかやってあげられない。ごめんな』


迫り来る巨人を眺めながらポツリと呟く。


｢謝らないでください。カイさんにはいつも助けてもらってますから｣


『そんなに助けた覚えはないよ。俺は別に救世主じゃ──あぁ、やっべ』


｢え？｣


こつこつと近づいてくる足音。その音だけでも相手の心情がひしひしと伝わってくる。


『分かりやすく不機嫌じゃん』


｢うっ……｣


こちらへと向かってきているリヴァイはとてつもなく怖い顔をしている。その顔の意味を分かっているから怖いとは思わないが、隣にいるヒストリアは恐ろしさから身体を震わせていた。


｢カイ、準備を手伝え｣


『了解でーす。ああ、リヴァイ。俺は賛成して尚且つ口添えをすると言ったから』


｢あ？何の話だ｣


『それは本人から聞いた方がいい。俺はハンジのとこ行ってきまーす』


｢おい！｣


追求される前にその場を離れてハンジの元へと駆け寄る。その後に聞こえたリヴァイの舌打ちに吹き出して。



.