アデライン(2)
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「どうもこんばんは」
こちらに背中を向けているからはっきりとは分からないが、今彼は人当たりの良い笑みを浮かべているだろう。それがシグルドの処世術だ。誰に対しても穏やかな笑みを向け、敵意はありませんと見せつけている。貴方に害はありませんよ、と知ってもらうために。
彼の生まれ持っての美形に誰もが釘付けになる。リヴァイもきっとシグルドの笑みに落ちるのだろう。これまでずっとそうだったのだから。他者も自分自身も。
どこか諦めの思いで見守っていたが、カイの予想に反してリヴァイは何も言わなかった。シグルドを一瞥しただけでそれ以外の反応は無い。
そんなリヴァイに何故?と疑問を抱くのと同時に、カイの中でふつふつと湧き上がる喜び。シグルドに興味を示さない人間がいた。彼に好意を寄せない人間がいてくれた。その事がとても嬉しく、自然と口角が上がってしまう。そんな顔を見られないようにとカイはシグルドの背に隠れた。
「ふはっ、流石地下街上がりのゴロツキは態度が立派だ」
返事が無いことに不満を持ったのかシグルドは鼻で笑いながらリヴァイを侮辱する。言われた本人は何も言い返さず黙っていた。
「カイ、こんな人間と関わりを持たない方がいい。お前のためにならない」
カイの方を振り向いたシグルドと目が合う。慌てて平常心を取り戻して、シグルドの言葉を理解しようと務める。
「初対面の相手を蹴り飛ばした上に挨拶もまともに返せないような奴なんだぞ?どうりで兵団内で孤立してるわけだ」
『孤立?』
地下街のゴロツキ、兵団内で孤立しているだなんて。リヴァイのことを知ったのは昨日のこと。別に彼がどんな人であっても、今後深く関わることの無い人物だろうから気にはしていなかった。
でも孤立していると聞いてしまってはなんとなく居心地が悪い。
「巨人を倒す腕だけは一流らしいけど、人間関係においては話にならないって。一匹狼を気取っているのか知らないけど、そんな態度を取られたら誰だって気分悪くなる」
『一流……?』
そこでカイはいつぞやに聞いた噂を思い出す。調査兵団に入った優秀な新兵。ベテランの調査兵をも凌ぐ勢いで巨人を倒している人間がいると。
そんな人がいるのであれば見てみたい。人間より遥かに大きい巨人を前にして屈することなく抗うその人を。たった二本の剣でいくつもの巨人を倒していく様をこの目で見てみたい。そう願って調査兵団に志願した。
もしかしてこの人が?
「それは悪かったな」
想像していた人物像とはかけ離れた存在であるリヴァイ。本当にこの人があの噂の人間なのだろうかと不思議に思っている間にリヴァイとシグルドはどんどん険悪な雰囲気を漂わせ始める。
その空気にカイだけでなく、そばに居たアデラインも気づいたらしく、この空気をどうにかしろと言わんばかりにカイの頭にガスガスと鼻先をぶつけてきた。
『そんな言い方ないだろ?言っておくけど、シグルドも今、態度物凄く悪いからな?』
初対面の相手に礼儀がなっていないと主張するのであれば、シグルドもその括りに入れられる。二言目には相手をバカにするようなこと口にしたのだ。誰だって返事なんかしたくないだろう。
「態度が悪いんじゃなくて牽制してんの」
『牽制?なんのために』
「カイに近づかないように」
『は?』
リヴァイがカイに近づかないように牽制?なぜそんなことをする必要があるんだ。そりゃ蹴り飛ばされたから次は会わないようにしたいとは思っていた。でも、さっきは蹴られることなく普通?に話していた。なんなら次の日に予定があるんだから早く帰りなさいと促されたくらいだ。
きっとリヴァイは根っからの悪い人では無い。
「また痛い目にはあいたくないだろ?俺もお前が蹴られたなんて二度と聞きたくない」
『それは俺が勘違いして失礼なこと言ったからだって。リヴァイさんが怒るのは当然だろ?』
「だからって蹴るのは違う」
どうしよう。シグルドは本気で怒っている。どうやって止めればいいのか分からない。リヴァイも言われるがままで反論してくる気配もなく、ただ黙ってシグルドを見ている。
『(どうすればいいんだこれ……つか、シグルドがこんなに怒ってるの初めてじゃないか?)』
訓練兵卒業式の時に女子たちのやっかみをシグルドが制した時があった。その時も怒っていたようだったが、すぐにシグルドが場を和ませたからそんなに気にはならなかった。
でも今はそんな雰囲気では無い。リヴァイが昨日のようにキレたら殴り合いの喧嘩に発展してしまいそうだ。
「分隊長の引き抜きかなんだか知らないけど、今後カイに近寄らないでください。もしカイにまた危害を加えるようであれば俺が──」
『シグルド!!』
このままではマズイ。そう思って二人の間に入った。リヴァイを背に庇うようにして立つと、シグルドは瞠目して固まる。
「カイ?」
『落ち着けよ。なんかさっきからおかしい。そんな喧嘩腰で言わなくてもいい事だろ』
いつもと違う。何か嫌なことがあったとしてもシグルドは本音を零しつつも空気を読んでお茶を濁すようなタイプだ。そんな人間がここまで感情を露わにするなんて。
「威勢の良い友人じゃねぇか」
『すみません。俺もよく分からなくて……』
この状況をどうすればいいのか分からない。どうか助けて欲しいと思いながら後ろを振り向くと、リヴァイは訝しげにカイの事を見ていた。
「カイ、そいつを庇う必要なんて無いだろ。危ないからこっちに──」
シグルドの手が伸ばされる。今はその手に掛かりたくないと身体が逃げようとしたとき、第三者の声が厩舎に響いた。
「なんの騒ぎだ?」
「……エルヴィンか」
『エルヴィン分隊長……』
助かった。これでこの不毛な諍いは収まる。そう思ったら一気に身体から力が抜け落ちた。
.