第一幕
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「カイ、一杯やってかないか?」
『悪い、今日はやめておくわ!』
「なんだよ。お前昨日も飲まなかったじゃねぇか!」
『しょうがないだろ?仕事があるんだから』
酒瓶を掲げている同僚に一言謝ってカイは街へと歩き出す。
仕事と言ってもただ街中を巡回するだけだ。悪さを働こうとするものを捕まえて犯罪を未然に防ぐ。または困っている人がいたら手助けをするという簡単なものばかり。
憲兵団とは名ばかりで、人に誇れるような仕事なんてほとんど無い。
むしろ民衆にとって憲兵団はお飾りな兵士にしか見えないだろう。これならまだ駐屯兵団の方が役に立つ。そう思っている人達も多いはず。
『まったく。安全な場所だからってバカスカ酒飲んでる場合じゃないだろ。なんで憲兵団ってのは呑気な奴らが多いんだよ。これならまだあっちの方が──』
ぴたりと足を止め、口元に手を添える。今自分は何を言おうとした?憲兵団よりまだあちらの方がマシだと思わなかったか?
まさかそんな事を思う日が来るなんて思いもよらず、カイは片手で頭を抱えて思いため息を吐いた。
調査兵団を辞めて三年の月日が経った。今では憲兵団という比較的安全な組織に勤めている。
最初の頃は調査兵団から逃げてきた負け犬の人間だと後ろ指を差されていたけど、いつの間にかそんな陰口は聞かなくなった。それでもカイのことを煙たがる奴らは少なからずいて、今でも子供のような嫌がらせをされることもしばしば。
調査兵団を辞めた理由は彼らには話していない。きっと話したところで彼らは理解できないだろう。
終わりの見えない絶望と、言葉にできない憎しみ。そして自我が破滅してしまうほどの喪失感に苛まれない限りは。
「あら、カイ。今日も警備の仕事かい?」
『サラ!今日も元気そうだな』
「何言ってんだい。あれくらいでアタシがくたばるとでも思ってんのかい?」
街中を歩いていると聞き慣れた声に呼び止められる。彼女はいつもカイに声をかけてくれる人だ。
夫を亡くして荒んでいた彼女にカイが声をかけたのが始まり。それからは自分のことを実の息子のように可愛がってくれていた。
「あんたまた顔色が悪くなったんじゃないかい?ちゃんと食事は摂ってるんだろうね?」
『心配されなくともちゃんと食べてるよ』
「それならいいけど……ああ、そうだ。これ持っていきな」
『なに?』
家の中へと戻って行ったサラは手に袋を持って戻ってきた。ずいっと目の前に出されたその袋からは甘い匂いが漂ってくる。
「焼きすぎたんだ。アタシ一人じゃ食べきれなくて困ってたんだよ。丁度良いから持っていきな」
『近所のガキんちょにあげればよかったのに』
差し出された袋を手に取る。焼きたてなのか袋は温かかった。
「何でもかんでも食っちまうような子供にはもったいないだろう。味の分かるやつに渡さなきゃね」
『美味しいって言ってくれるなら味も何もねぇ?』
袋の中を覗くと美味しそうなクッキーがぎっしりと入っていた。その中の一枚をつまみ上げて口に入れる。
『うん。美味しい。前食べたやつは歯ごたえがあったけど、これはサクサクで軽い感じ』
「そうだろう?歳で顎の悪いジジババはこれぐらいが丁度いいのさ」
『まだそんな歳じゃないだろ』
ケラケラ笑うサラにカイも釣られて笑った。
クッキーの礼をしてからその場を離れ、そそくさと路地裏へと入り込む。そして地面に向けて胃の中の物を吐き出した。
『おいおい……クッキーくらいで吐くなよ』
撒き散らした吐瀉物を見て気分が急降下していく。慣れた事とはいえ、親しいものから貰ったものを吐き出してしまうのは良心が痛む。
調査兵団を辞めて憲兵に入ってからというものの、カイは食事を取れなくなってしまった。
口に何かを運ぶ度に思い出してしまうのだ。あの光景を。
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