第二十四幕
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「壁に巨人だと?」
「はい。今、ニック司祭とハンジ分隊長が話してます」
ハンジの部下であるモブリットが慌てた様子で馬車へと走ってきた。その様子から良い話ではないだろうと察し、眠っているカイの頭を隠すように上着を引き上げ、何も聞こえないようにと上着の上から耳を塞いだ。
「どういうことだそれは」
「まだ詳細は分かりません。至急、リヴァイ兵士長とエルヴィン団長に伝えろと分隊長からの指示でして……」
あまりにも突然のことすぎて、あのハンジですらそれくらいの指示しか出せなかったのだろう。
巨人を見ては喜んで飛びついていたような奴が今はどう思っているのか。
「了解だ。詳しいことがわかり次第報告しろ」
「はい!」
パタンと馬車の扉が閉められ沈黙が訪れる。
「カイ。聞いていた通りだ」
上着をずらせばカイの目とかち合う。
モブリットが壁の中の巨人の報告をしているとき、寝ていると思っていたカイにズボンを掴まれ起きていることに気づいた。
『壁の中に巨人か……』
「そいつだけじゃねぇだろうな」
『巨人に囲まれて生活してたってことだ。今まで』
これまで人類の敵として倒してきた巨人が、まさか人類を守る砦の壁の中に居たなど誰が想像できたことか。
『どう……しよう』
ズボンが強く掴まれる。身を縮こませるカイにしてやれることはただ頭を撫でてやることくらい。
「今すぐどうこうなるってわけじゃねぇだろう。これまで長い年月動かなかったんだ。ツラが見えちまった以上、これからのことは分からねぇが」
『リヴァイは怖くないの?』
「さあな。出てくるようなら殺せばいい」
『こんな状況でもその言葉が出てくるのは逆に凄いわ』
「俺たちにできるのはそれくらいだ。怯えて隠れようがアイツらはそんなのお構い無しに来るだろうしな」
『それは俺に対する嫌味か』
ゆっくりとカイは起き上がり、馬車の扉に手をかける。
『ここを出たら現実と向き合わないといけないんだよな』
「そうだ」
『なあ、リヴァイ』
「なんだ」
『どれだけこの世界が残酷で、生きていくのがとても辛くて何度も目を背けたくなっても。俺は……貴方がいるから何度でも立ち上がれる気がする』
不安げに揺れていた目がしっかりとリヴァイの目を捉える。
『あの時、助けてもらわなかったら。多分今こんな風に思えなかった』
随分前の話を持ち出してくる。あの時は班の人間だったから、自分の部下になったから助けただけ。
『ありがとう……リヴァイさん』
懐かしい呼び方。今ではもうつけることの無い敬称。自分が付けるなと言ったから外すようになった。
普段は"リヴァイ"と呼ぶが、こうして二人きりの時に、気を抜いた時に出てくる名残だ。
ああ、もしかしてあの時から既に自分はカイのことをそういう目で見ていたのかもしれない。ただの部下や仲間ではなく、大切な人間として、心の拠り所として。
無防備な笑みを浮かべるカイのシャツの襟を掴んで自分の方へと引き寄せる。
『リヴァ──』
間近になった目は大きく見開かれ、そしてゆっくりと閉じていく。扉についていた手はリヴァイの服を縋るように掴んだ。
「はっ……言われなくても何度でも助けてやる。その代わり、無駄死にだけはするな」
『あ……え、うん。わかっ、たけど。あの、』
「まだなんかあんのか」
『えっと……さらっと奪うん……ですね』
「あ?」
『なんか、もっと……』
「何が言いたい。はっきり言え」
『……めて……だったんです、けど』
「は?」
『初めて……だった』
その言葉にピシッとリヴァイは固まる。
「……お前、歳いくつだ」
『二十六……になったとこ』
その年齢で初めてはおかしいだろう。だが、嘘ではないらしい。赤面しているカイの顔を見ればわかる。
そこでふと思い出した。
「あいつとしてたんじゃねぇのか」
『あいつ?』
いつもカイにくっついていた男。今は亡きカイの同期。
「(そういう仲にならなかったのは覚えてるが)」
まさか一切手を出していなかったとは。あれだけ一緒にいて、陰で噂までされていたというのに。そしてその本人もカイの事をそういう目で見ていた。それなのにキスのひとつもしていなかったのか。
「手厚く守られてたもんだな」
『リヴァイさん?』
「気にするな。それとお前、どこに行くつもりだ」
『え?ああ、エレンの様子を見に行こうかと』
一言目にはエレンの名が出てくる。自分の怪我のことより人の心配をするカイに頭を抱えたくなった。
「おい……お前もう忘れたのか?」
『薬を貰うついでに見てくるだけですよ』
「ついでが逆だろうが」
『そんな事ないって。うん』
口元を引き攣らせながらカイは馬車を降りる。
『いい夕陽だなぁ……明日も天気良さそうだ』
空を見上げるカイの姿にリヴァイは拳を握りしめた。
いつまで続けるつもりなんだ。空を見続けたって戻ってくることはないのに。
「カイ」
『ん?なに?』
「いい加減、上じゃなくて前を見ろ」
『え……』
リヴァイの言葉にカイは固まる。
「死んだ人間に思いを馳せるのは自由だが、生きてる人間を無視するな」
ここまで言わなければきっと気づかない。
「理由が聞きたいと言ったな。俺はお前のことを好いている。だからキスをした」
カイの心に根付いているものを取り払うにはこうするしかない。でなければいつまでも見えない背中を追い続けてしまう。
「カイ、もう奴のことは──」
『リヴァイさん』
リヴァイの言葉を遮るようにカイは口を開く。その顔はとても悲しそうで、今にも泣き出しそうだった。
『ごめんなさい。俺、その気持ちは受け取れない……や』
それだけ残してカイは走り去っていく。
「理由を聞きたがってたのはてめぇだろうが」
行動と言葉がちぐはぐだ。受け取れないと言うなら何故先程キスを受けいれたのか。その気がないのであれば突き飛ばせばよかったものを。
「クソッ……」
これなら手を出さなければ良かった。先にあの男の存在を消しておくべきだった。
「いつまでもあいつの中に居座ってんじゃねぇよ……クソガキ」
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