第252幕
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神社で松陽に怒られてから数日後、村塾に一人の子供がやってきた。
『先生、この子大丈夫かな』
「大丈夫ですよ。もう少ししたら起きますから」
彼は神社にいた子供の一人だ。ムスッとした顔をして村塾に来た子供は銀時と一騎打ちがしたいと言い出した。
「まったく……寺子屋に道場破りなんて聞いたことがありませんよ?ケガがこれくらいでよかった」
目が覚めると、海と松陽をちらりと見て俯いた。
「本当はアンタとやりたかった。まさかあんなヤツに……」
「あなたは十分に強いですよ。あの銀時とあれだけやり合ったんですから。道場破りさん」
ね?と松陽に同意を求められ、海は強く首を振る。それでも不満げな子供はこちらを見ようともしなかった。
「でも負けた」
「ええ。だからもっと強くなる」
「え?」
「勝者が得るのは自己満足と慢心くらいなものです。君はそんなものより意義のあるものを勝ち得たんですよ。恥じることはありません。それにあの子はちょっと特殊ですから」
そっと松陽は子供から目線を逸らして海の方を向いた。なに?と首を傾げると、頭に大きな手が乗る。
「生きるために生き残るために強くならざるをえなかった子です」
「あれもアンタが拾ったのか?」
「さあ……私が拾ったのか、私が拾われたのか……今じゃよく分かりません」
優しく微笑む松陽。きっと銀時と出会った時のことを思い出しているのだろう。
銀時は海に多くのことは語らなかった。海がここに住み始めてからもそれは変わらない。銀時が話さないのであれば、松陽もそれを口にすることないし、海もしつこく聞こうとは思わなかった。
「そいつもアイツと同じなのか」
ぼけっとしていた海を子供はじっと見つめてくる。銀時の話をし続けていると思ったら、今度は自分に話が振られていた。
「この子は──」
『僕はお母さんに捨てられちゃったんだ』
「は?」
『お母さんがね。僕はずっとここに住むんだって。お家には帰れないんだって言ってどっか行っちゃった』
母親に捨てられた。そう言った瞬間、彼は眉間にシワを寄せた。
「なんだそれ。子供を捨てるなんてどういう……」
「海、違いますよ。あなたのお母さんはあなたを捨てたわけじゃない」
『でもお母さん戻ってこないもん。僕のこと要らなくなっちゃったんだ。ずっとずっとお父さんに……いっぱい……』
叩かれていたから。海が叩かれて泣く度に母親は助けてくれた。その代わりに母親は父親に殴られていた。
海を守ることに疲れてしまったに違いない。父親に泣くなと言われたのに怖くて泣いてしまったから。親の言うことをきかない悪い子供だと思われたに違いない。
「海……」
母親の優しい顔、温かい手。抱きしめられたときにふわりと香った甘い匂い。その全てがぶわりと思い出され、海はぽろっと泣いた。
『僕が……僕が悪い子だから……お母さんは……』
「海のせいではありませんよ。お母さんは海のことを最後まで守っていたんです。悪い子だなんて思っていません」
『じゃあなんでお母さんどっかいっちゃったの』
ボロボロとこぼれ落ちる涙は止まることを知らず着物を濡らしていく。悲しげな顔で松陽は慰めてくれているが、そんなの海の耳には入らなかった。
「おい……何泣かしてんだよ」
「泣かしているわけではないのですが……」
「泣かしてるだろうが。まさかてめぇコイツになんか言ったんじゃねぇだろうな」
海の泣き声を聞いた銀時がドタバタと廊下を走ってきた。困惑している子供に対してキッと睨みつけてから、泣きじゃくる海を抱き上げる。
「銀時、」
「連れてくから」
銀時にしがみついてえぐえぐ泣き続けた後、そのまま眠った。その日の昼寝の夢に父親が出てきたことによりすぐに目を覚ましたが。
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