第259幕
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「昔、奈落には"椿"という人物がいたらしいです」
海の否定の言葉が聞こえていないのか、佐々木は話を続ける。
「その人物はとても殺しに長けていたそうですよ。女性でありながら屈強な男でさえその手にかけた。彼女の名前の由来は暗殺の仕方から来ているそうです。一撃で首を仕留めるという方法から」
ちらりと向けられた佐々木の目から逃げるように顔を逸らす。
敵の首を狙う技法は海のやり方だ。首を瞬時に落とすなんて荒い方法は海くらいしかいない。
「奈落の頭領に一目置かれていた彼女は名前を与えられ頭の手足となって動いていた。そんな彼女にとある仕事が舞い込んできたんです。幕府のゴミの処理という仕事が」
『幕府のゴミ?』
「ええ。天人がこの国に介入してきた当時、天人の侵入をよく思っていなかった家臣たちの反発。天人に国の情報を売る裏切り行為が多発しましてね。そんな彼らをゴミとして処理する仕事が彼女に割与えられました。その筆頭が西ノ宮家と桜樹家です」
西ノ宮家は代々天皇に仕えていた。天人の襲来により仕える先を変えたが。それは海もよく知っていること。攘夷戦争時に仲間が憤慨していたのをよく見ていたから。天皇を守り続けていた西ノ宮があっさりと天人に寝返った。国の恥晒しだと何度も西ノ宮を侮辱していたのを覚えている。
だが、桜樹家の方は何も知らない。この姓は母親の旧姓だ。西ノ宮には没落した貴族だと聞かされた。それ以外は何も知らない。
『西ノ宮については嫌という程知ってるが、母親の家の方は何も知らない。確か没落した貴族だと言われたが』
「没落したんじゃありませんよ。桜樹家は一夜にして根絶やしにされたんです。椿によって」
『根絶やしにされた……だと?』
「桜樹家は西ノ宮家とは相反する勢力。天人の侵攻を進めた西ノ宮家とは違い、天人の侵略を反対した者たちでした。桜樹家は何度も将軍の手を焼かせ、天人の襲来を遅らせた」
天人に抗い続けた貴方たちのように。
そうつけ加えて佐々木は一息つく。
『幕府のゴミ……天人に寝返った西ノ宮家と天人の侵攻を阻んだ桜樹家。確かに両家は将軍からしたら目の上のたんこぶのようなもんだが……』
「桜樹家は椿の手により一族を根絶やしにされ家系は貴方のお母様の代で潰えました。そしてそのお母様は西ノ宮に嫁いだ。いえ、無理矢理嫁がされたという方が良いでしょう」
『没落した家を立て直す為だと偽って、か』
「細かい事情はわかりません。彼女は西ノ宮に嫁いで内側から瓦解するはずだった。ですが、西ノ宮はその後何年も続いてる。椿は任務に失敗してその身を焼かれた。それくらいしか記録には残ってませんから」
『それで……お前は何が言いたいんだ』
「気をつけた方がいいですよ」
『何に。母親が奈落だったとはいえ、俺には関係ない』
「そう思わない人がいるんですよ。貴方を奈落に引き入れようとしている人物がいるんです」
母親が奈落だったということさえ信じられずにいるのに自分が奈落に引き入れられようとしているなんてもっと信じられない。必死に頭の中を整理しようとしても佐々木の言葉によってどんどん崩れていく。
『……そんなこと』
「信じられないと思うでしょうけどこれが真実です。今後は奈落と鉢合わせることのないようにした方が身のためですよ」
『お前に心配されるのは鳥肌が立つんだが』
「おや。心外ですね。私は貴方のこと気に入ってるんですよ?信女さんと良いお友達になってくれそうですし」
そう言って佐々木は立ち上がる。ボタボタと血を地面に落としながら錫杖を杖にして。
「島の北側に小型船があります。それに乗ってこの島を出てください」
『お前はどうする気だ。そんな身体で』
「貴方が逃げ切るまで時間稼ぎでもしますよ」
佐々木の視線の先には奈落の集団。海たちがまだ島に残っていたことがバレたらしく、ぞろぞろと集まってきていた。
『こんなところにお前を置いていったら文句言われるだろ』
「大丈夫ですよ。言わなければいい話ですから。それに貴方は必ず帰さなくては。とても心配なさってましたよ」
『別にアイツらには……』
「早く行きなさい」
どんっと肩を押されて後ろへよろめく。海が立っていた場所に鋭い針が刺さったのを見え、この場所にあの男がいるのを察した。
「丸腰の状態でこの人数を相手にするのは無理です。だから早くお逃げなさい」
『ボロボロの状態で戦うってのも無理があると思うが?俺はまだ動ける』
「彼らの手に貴方を落とすわけにはいかないんですよ」
奈落に連れていかれる恐れがある。だからこの場から逃げろ。佐々木はそう言っているのだ。刀が手元に無い以上武力によって抵抗するのは限界がある。だが、ここに佐々木を残していくのも出来ない。
「それに桜樹さん、貴方に頼みたいことがあるんです」
『……遺言なら受け取らねぇからな』
「そんな大層なものじゃありませんよ。ただ……あの子を……信女さんをお願いします」
傷だらけの身体を引きずるように佐々木は奈落の方へと歩き出す。そんな後ろ姿を海は見つめることしか出来なかった。
『言っただろ……遺言は受け取らないって』
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