第258幕
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「骸、一度ならず二度までも主を裏切りますか。一度目はこの私を。二度目はあの男を。どちらも命は同じだった。あの男を斬ることだった」
神楽の手を振り払って信女は刀を杖代わりにして立ち上がる。
「私はもう……誰の命にも従うつもりはない。それが異三郎であろうと、あなたたちであろうと。誰を斬ることになろうとも自分の意思でこの剣を振るう。それが私の贖罪」
「骸、どうやら君の羽はとうの昔に散っていたようですね。その羽ではもうどこにも飛べはしない。どこにも逃げられはしない」
音もなく男は目の前から消える。どこに行ったのかと目で探すが、男の姿を捉えることはできない。
「(こういう時は目で見るんじゃない!相手の気配を探る……!)」
視覚以外から得られる情報を頼りに男を探す。微かな音を聞き漏らさぬように耳を意識し、風向きにも神経を尖らせる。
男がいるであろう場所へと顔を向けたとき、相手は信女の背後から刀を抜こうとしていた。
「真の八咫烏の羽からは何者も逃れられはしない」
「神楽ちゃん!!後ろ!!」
自分が行くよりも神楽の方が近い。咄嗟に神楽に声をかければ、彼女は即座に信女と男の間へと入り込んだ。
たった一瞬だが、男は朔夜を見ていた。品定めをするような目つきで。
信女を守るように神楽が男へと蹴りを入れたことにより朔夜から視線は外される。神楽の威力であれば無事では済まないだろうと誰もが思ったが、その予想は大きく裏切られることになった。
「神楽ちゃん!」
「ほう。これは珍しい夜兎が一羽。だがまだ身体の使い方も知らないようだ」
神楽の足から噴き出す血。そしてハエを追い払うかのように神楽は蹴り飛ばされて蹂躙される。
「どのみち皆死ぬ運命。順序は問いませんよ……骸」
「朔夜!」
「う、うん!」
ぼーっとしていると総悟に声をかけられる。ハッと我に返ると、信女が男の方へと走っていくのが見えた。
走り出した総悟の後を追って自分も刀を手にして足を動かす。神楽と信女を助けるためにあの男を倒さなくては。
「なんで……」
総悟と男がやり合っている。数分も経たずに皆傷だらけになっていた。このままでは全滅してしまう。
「なんで、なんで!!」
それなのに朔夜の足は地に縫い付けられたかのように動かせなかった。
「動けよ!早くしないと皆がっ!」
言葉では自分を奮い立たせていても、身体は男の元へ行きたくないと訴えている。戦いたくない。この場から逃げ出したい。
あの男に勝てるわけない。
「僕は……僕は……!」
「呆気ないものだ」
「あっ……」
ボソリと聞こえた言葉に顔を上げる。
「君は仲間がやられている間に何をしているんですか」
「そ、うご……」
先程まで立っていた三人が地に伏している。この場で立っているのは朔夜と男だけ。
「君はさっき私の動きを見抜いていましたね」
「あ……あ……」
男が何か言っているが全く耳に入らない。総悟と神楽がやられてしまったという事だけが朔夜の頭の中を占めている。
「どうやら貴方にはいくつか聞かなければならないようだ」
「お、お前えええええええええ!!!!」
動かなかった足が自由に動く。怒りに任せて刀を握り男へと走り出す。余裕たっぷりに構えられて更に怒りが湧いた。
「殺す……お前だけは絶対に!」
「出来るものなら。と言いたいところですが、君では無理でしょう」
「よくも……よくも総悟と神楽ちゃんを!!許さない!!!」
「怒りで我を忘れて相手の懐に飛び込むとは……愚策な」
──常に冷静であれ。怒りに身を任せると失敗するぞ。
「こんな状況で冷静になんて居られないよ、兄さん」
剣を教えてもらう度に言われていた言葉。必ず守るようにしていたが今は守れそうにない。
男の首目掛けて刀の切っ先を向ける。総悟でも敵わない相手に自分が勝てるわけが無い。だが、ここで何もしなかったら彼らが奮闘した意味がなくなってしまう。
「最初から急所を狙うのは確実に仕留められる自信がある時にしなさい」
「ぐあっ!」
剣先は男に届くことなく落ち、逆に朔夜の首が掴まれる。ぐっと力を込められれば首が締められて息が出来なくなった。
「どうやら勘違いだったようですね。私の動きを見破ったのはたまたまのようだ」
「な、に……を……」
「あの者の子ならこんなものでは無い」
「子……?」
「ここに居ると聞いて来てみたが……まだ見つからないとは。何処にいるのやら」
この男は誰かを探している。その誰かまでは分からないが。
「朔夜……!」
もぞりと起き上がった総悟が朔夜を助けるべく刀を男へと投げつける。首から男の手が離れて漸く呼吸が出来た。
「ゲホッゴホッ!ありが……総悟!!」
「ぐっ!!」
「死に損ないが」
朔夜から総悟へと切り替わる。転がっていた朔夜の刀を取って総悟は立ち向かうも、いとも簡単にねじ伏せられ、総悟は男と共に崖下へと落ちていった。
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