第208幕
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『も、少し……』
荒い息を吐き、ふらつく身体で城にある牢屋へと歩いてきた。
ここまで来るのに何度も立ち止まって呼吸を整えようとしたのだが、ダメージを受けた肺は上手く酸素を取り込むことが出来ない。
朧から受けたダメージは思ったより深刻らしい。
それでもただひたすらに足を動かす。
『これ、は……さすがに……』
定定を殺せたとしても自分は無事では済まないだろう。無理に動き回れば折れたあばら骨が肺に刺さる。そうなったら海は完全にこの世から消えることになるだろう。
呼吸が上手くできないことだけでも辛いのに足まで動かせないときた。
こんなボロボロの身体で何が出来るというのか。
それでも定定を殺したいという願いだけでここまで来ている。
『あいつをや……て、死ねるな、ら……』
本望かもしれない。そんなことを思ってしまう自分を嘲笑いながら一歩、また一歩と歩を進めていく。
もう少しで牢屋へ辿り着くその時、牢の扉が開かれた。中から出てきたのは顔の見えない者たち。風貌から察するに天導衆の一味だというのはわかった。きっと今回の一件についての説明を求められたのであろう。
ならば定定の死を彼らに押し付けるのもアリかもしれない。
誰がどう見ても海が定定を殺せるとは思えないだろう。こんな身体で人を殺すなんてことは普通できない。近藤や土方なら誤魔化せるはず。彼らの優しさにつけ込む形になるのが心苦しいけれど。
『(使えるものは全て使う。でなければこんな世界生きてはいけないだろ)』
前から歩いてくる天導衆を避けるように右へとそれる。なるべく顔を見られないように下を向いて歩き、ヤツらが帰っていくのを待った。
もう少しで、もう少しで。焦る気持ちを押し殺し、漸く扉の前に来た時に肺は限界を迎えてしまった。
『ごほっ……うっ……げほっ』
扉に手を付きながらズルズルとその場に座り込む。必死に呼吸をしようとしたが空気が吸い込めない。まるで穴の空いている風船に空気を入れようとしているかのようだ。
『っ……ごほっ……』
苦しさで視界が歪み、酸素の供給ができないせいで意識が朦朧としていく。
座っていることも困難になった身体はグラりと傾き地面へとぶつかる、というところで誰かによって支えられた。
「そんな身体でここまで来るとはよっぽど中にいるやつに恨みを持ってるみてぇだな」
『あ……』
「悪かったな。てめぇが来るよりも先にヤツは俺が殺しちまったよ」
『なん……』
「決まってんだろ。お前と同じだ」
顔は見えないが、どこか楽しそうに聞こえる声。それは聞き慣れている声だった。
「お前が手を汚すほどのヤツじゃねぇ」
『し、ん……す』
「だからゆっくり休め、海」
"ここまで良く頑張った"
そう言って晋助は海の背中を優しく撫でる。
『晋助……』
「なんだ」
『ごめ、ん』
自分が定定を殺せなかったせいで晋助が手を汚した。定定が牢屋に捕らわれているのを晋助がなぜ知っているのかという疑問が渦巻いていたが、そんなことよりも晋助が罪を被ったことの方が気になる。
「謝られることはねぇよ。元々こうする予定だっただけだ」
『よて、い』
「ああ。だから気にする事はねぇ」
晋助の"予定"を深く聞きたかったが、もはや海には話す気力が残っていない。段々と力を失っていく身体を晋助はしっかりと抱きとめて支えてくれる。
「海、」
晋助が自分を呼ぶのを最後に意識がプツリと閉じた。
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