第207幕
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"お兄さん、ここで何してるの?"
突然足にしがみついてきたのは幼い子供。純粋で穢れを知らない真っ黒な瞳は真っ直ぐ自分を見上げていた。
"何もしていない"
"そうなの?"
"お前こそここで何をしている"
"家に……帰れなくて"
迷子になっているということはすぐに分かった。家に帰れないと呟いた子供は大きな目から大粒の涙をポロリと零す。
"お前の家は知らない"
"う……"
"……自分で探せ"
泣き出した子供の手を振り払い、男は子供と距離を置く。手を出して懐かれでもしたら厄介なことになるからだ。それにこの子供はあの人の元にいる子供。助ける必要などありはしない。
"せんせ……ぎん……"
ボロボロ泣き始めた子供はフラフラとした足取りで歩き出す。だが、その先は子供の行きたい方とは真逆の方。そのまま進んでいけば山へとたどり着く。
"ひっく……ぎん、ぎん……!なんで置いてっちゃうのぉぉ"
ぎん、と誰かの名前を呼びながら泣きじゃくる姿は子供そのもの。何も知らない哀れな子。
"待て"
"ゔ……"
"そっちは山に行く"
"やま?"
"ああ。山に行けば二度と帰れなくなるぞ"
"帰れ……ない……?やだ、僕帰れないのやだぁぁ"
びゃあああと号泣しながら子供は再び男の足へと縋り付く。じんわりと濡れていくズボンに嫌な顔をしつつも、今度はその手を振り払うことはしなかった。
自分には関係の無い子供。優しくするギリもなければ助ける道理もない。それなのに自分の意思と反して言葉が出た。放っておけばこの子供は山へと入り熊に襲われる。子供が見つかった時には熊に弄ばれたあとだ。
そう思ったら自然と制止の声をかけていた。
"いい加減泣きやめ"
"でも、でも、家に帰れないぃぃぃ"
"家なら教えてやる。だから泣きやめ"
"本当に……?家に帰れるの?"
仕方なく頷いてやると、子供はあっという間に泣くのやめて笑顔を浮かべる。子供の切り替えの早さに驚いている間もなく、男は手を掴まれてグイグイ引っ張られた。
"家に帰ろ!早く早く!"
"だからそっちは山だと言っているだろう"
"え?"
何故こんなことになってしまったのか。いつもなら人が来た時はすぐに隠れていたのに。なぜ今日に限ってこの子供に見つかったというんだ。
"……気配が……"
"なに?お兄さん!"
この子供の気配が全く読めなかった。足にしがみついて来るまで子供の存在に気づかなかったのだ。
たかが子供に気配を隠せるだけの能力があるとは思えない。あの人がこの子供に教えたのか。
"迷い子よ"
"まよ……?"
"お前の名は何だ"
"僕の名前?僕は桜樹 海!お兄さんは?"
いつの日かこの子供が大きくなった時、松陽から何を学んだのかが分かるはずだ。
"私の名は──"
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