第189幕
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眠い。その一言に尽きる。
開け放たれた道場から竹刀がぶつかる音が聞こえてくる。その音をBGMに海は本を読んでいたのだが、段々と瞼が重くなってきてしまった。
縁側の柱に身を寄せて寄りかかる。もう本を読んでいられる程の気力はもうない。今すぐにでも布団の中へと飛び込みたい気分なのだが、道場にいる二人を置いて行ってしまうのもなんだか忍びない。
『早く……終わらねぇかな』
うとうとしてから数分。海の瞼はしっかりと閉じられてしまった。
⋆ ・⋆ ・⋆ ・⋆
「ったく、情けねぇ野郎だ。そんな調子じゃ一日持たず浪士どもに斬り殺されるぜ」
鉄之助と道場に来てからどれだけ時間が経ったか。どれだけ鉄之助に教えを説いても身につかず、鉄之助はただ土方に打ちのめされるだけだった。
最初は自分ではなく海に稽古をつけてもらおうと思っていた。その方が分かりやすいだろうと。弟子を持つ海なら適任だと。
だが、海には断られてしまった。「俺が教えるよりお前の方がいいんじゃないか?」と言って首を横に振った。だからこうして土方が直々に鉄之助に教えているのだが、いくら教えても鉄之助の剣が土方に届くことはなかった。
やる気はあるのだが、実力が伴わない。本人もそれを悔しく思っていて、なんとかして土方から一本取ろうと足掻いているのだが、そこから生まれる焦りのせいで手元が狂っていく。これでは意味が無い。
「晩飯までに3000回素振りしておけ!」
これ以上の稽古は無用だと決め、土方は煙草をくわえて道場から出ようと足を動かす。
「(確か海がそこに……)」
稽古には立ち会うことはなかったが、海はずっと道場の近くにいた。土方の無茶ぶりに口を出さずに静かにそこにいた。
まだ本を読んでいるのだろうか。縁側へと顔を出して海を探すと、縁側の柱に寄りかかっている後ろ姿が見えた。こんな暗いところで本なんか、と思ったが、どうやら読書をしている雰囲気ではない。
「海」
呼びかけても反応はない。もしかして寝てしまったのか。
もう一度海を呼ぼうとしたが、先程まで相手をしていた鉄之助に呼び止められる。土方は鉄之助の方を振り返らず、鉄之助の言葉に耳を傾けた。
「ふ……副長……じ……自分……強くなるっす。き……きっと兄貴より……副長より強くなってみせるっす!もう二度と立ち止まらないように、早くみんなと一緒に同じ道を歩めるように……だ……だから副長も強くなってください!副長の兄上は副長のことを恨んでなんかいませんよ」
その言葉に土方は振り返る。思い出すのはまだ幼かったあの日のこと。
今よりうんと身体が小さく、誰かを守るにはまだ未熟だった。それでも兄を守りたくて、自分が持ち得る力の最大限を振りかざした。結局、あの頃の自分では守りきることなんて出来ず、兄の目は失われてしまったが。
「自分は副長が羨ましいです。だからどうか兄上から逃げないであげてください!あなた、バラガキのトシでしょ!?」
鉄之助は叫ぶように土方に訴えた。鉄之助に自分の心が見透かされてしまったのか。鉄之助の言い分に土方は何も返せず、その代わりに鉄之助に無駄な入れ知恵をした相手に悪態ついた。
「ったく、どこのどいつだ。アホに余計なこと吹き込んだヤツは。いいか、今度俺の前でその名を口にしてみろ。全身の穴にマヨネーズぶち込んで殺すぞ」
床に転がったままの鉄之助をそのままに、土方は縁側へと出た。
ちらりと海の方を見ると、まだ眠ったまま。起きる気配のない海に溜息を漏らした。
「こんなとこで寝てたら風邪ひくだろうが」
揺すり起こそうと手を伸ばしたが、身体に触れる前にピタリと止まった。逡巡してから土方は海を起こすのをやめて抱き上げ、部屋へと連れていった。
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