狐と猫 3
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『……今回は逃げられないかもしれないな』
思っていたよりも状況はとても悪い。視界の端には赤い光がチラついている。
ただ天井を見つめることしか出来ない状況にため息を漏らした。これならば十四郎に言われた時点でこの村を出ていれば良かった、と。
『霞』
近くにいるであろう猫に声をかける。だが、返答は無い。
『霞!』
「にゃう」
『お前はここを出ろ』
のそのそとゆっくりとした動きで霞は海の元へと歩いてくる。頭の横で座ったかと思えば、そのまま伏せてしまった。
『霞は先に出てろ。俺はあとから行くから』
真っ黒な瞳でじっと海を見つめるだけで霞は動こうとしない。その後方では赤い光がメラメラと揺れ動いているのに。
『出来れば十四郎を呼んできて欲しいところだけど……あいつ今日は呼び出されてるだろ。なんて間の悪い』
妖怪にも人間と同じで集会を行うらしく、その日が今日だった。烏天狗である十四郎はその集会に必ずでなければならないらしい。山の長としての務めなのだと以前聞いたことがある。
その間は十四郎に声をかけることが出来ない。こっちの世界とは隔絶された場所で行われる集会に海は入れないからだ。
『いつ終わるのか知らねぇけど……』
十四郎がここに来るのは間に合わない気がする。もう既に火は家の半分を燃やしているから。
『霞、早くここから出ろ』
動けるのであれば早く出た方がいい。
"お前はどうする気だ"
『俺のことはいいから早く出ろって言ってんだよ』
"その身体でどうやって逃げるつもりだ?縛られた状態でどうやって"
寝ている間に足と手は紐で縛られていた。そんな状態では燃え盛る家から逃げることは出来ない。
『考える。だからお前は先に外に出ろ』
"私にお前を置いていけというのか?"
『置いてく?ふざけんな。なんで置いてかれなきゃなんねぇなんだよ。こんなところで死ぬくらいなら魚の山の中で死にたいわ』
最期を迎えるなら好物の中で逝きたい。ふんっと鼻で笑うと、霞はため息をついて立ち上がる。
"本当に動けるんだな?"
『心配すんな。あそこで待ってて。山の畑のところで』
いつも行っている場所であれば迷うことなく着くはず。あそこであれば十四郎が戻ってきた時にすぐに目につく。霞に何かあっても大丈夫なはず。
『雨が……近いから気をつけろよ?』
長らく降っていなかった雨がすぐそこまで来ている。きっとあれは土砂降りになることだろう。
恵みの雨がもうじき降ることを彼らに伝えていればこんなことにならなかったかもしれない。
こちらを何度も振り返る霞を見送ったあと、海はほっと息を吐く。
『ごめんな。嘘ついて』
あとから合流することは出来ない。霞を家から出すための嘘とはいえ、罪悪感が募っていく。
『あー……ほんとに。こんなところで死ぬくらいならなぁ』
ミシッと嫌な音を鳴らす天井。火はすぐそこまで近づいていて、肌がじりじりと焼けていく。徐々に息もしづらくなっていき、咳き込むように呼吸を繰り返した。
『わ、るい……十四郎……でも、お前の……ゴホッ……せいじゃないから』
古い約束のためだけに十四郎はずっと海のそばに居てくれた。でももうその約束は無効だ。
『と……し……』
バキッという音と共に天井が崩れ落ちる。死ぬ瞬間ってこんなに怖いのか。そう思いながら海は目を閉じた。
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