狐と猫
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『もう動けるのか?
「にゃう」
『あんま無理するなよ。先長くねぇんだから』
ころんっと床に寝転がる真っ黒な猫。
その姿は"うるさい"と文句を言っているように見えた。
海が黒猫と出会ったのはこの村に来てからだ。
ふらふらと行く宛てが無かった海は色んな村や街を訪れていた。一箇所に長く留まることはせず、飽きたら別の場所へ移動するということを続けてもう何十年と経つ。
今では最初にいた場所さえ思い出せないほどだった。
生まれた場所に未練などない。自分をこの世に産み落とした親の顔さえ知らないのだから。ただ、記憶にあるのは年老いた女が海を大切に育ててくれたこと。それだけは忘れることなく残っていた。
『霞、動けるなら山に行くぞ』
この村に来てから数年経っている。いつもなら一年くらいで離れていたのだが、今回はこの村に残ることにした。
海をこの地に留めたのはこの黒猫だ。
山菜を取りに行くからついてこいと声をかけると、黒猫はめんどくさそうに海の方を振り向く。
『お前の看病をしていたからもう食料がないんだ。リハビリのついでに手伝え』
山菜を入れるための籠を手にして扉を開ける。黒猫へと目を向けると、まだ床でゴロゴロと転がっていた。外に出るのがめんどくさいと言っているように見え、海は呆れから深いため息を漏らす。
霞、と呼んだ黒猫は元々この村の野良猫だ。
海がこの村に来た時、霞はボロボロの状態で地面に横たわっていた。そんな状態だったのに村人たちは霞に目もくれず歩いていく。
──ああ、あの猫は死んでいるのか。
遠目から猫を見ていた海はそう思った。死んでいる猫を見て可哀想だと思う人はいない。野ざらしでは不憫だろうと埋めてくれるものも。
それほどこの村の人たちには心の余裕がないのか。それともどっかのバカが流した黒猫の噂のせいか。
黒猫は不吉の象徴だと誰かが言った。人様に不幸をもたらし、やつらはほくそ笑んで去っていくのだと。
そんな馬鹿な話があるものか。黒猫の話を聞く度に海はそう言って笑ったのだが、話してきた相手は必死な顔で海に説明してくるのだ。
黒猫はこの世に居てはいけない、と。
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