狐の嫁入り
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「今日は降らないんじゃなかったのか!」
ぽつぽつと落ちてきた雫は次第に勢いを増して、バケツをひっくり返したかのような大雨になった。これでは見回りどころの話ではない。一刻も早く雨宿りのできる場所を探さねばと、周りを見渡していた海の頭へと何かが被せられる。
「とりあえずどっか雨宿りできる所を探すぞ!」
『ちょっ、おい!土方!』
土方に手を引かれて逃げ込んだ先は橋の下。たどり着いたときには土方はびっしょりと濡れていた。
「大丈夫か?」
『それはこっちのセリフだ。土方の方が濡れてるだろ』
「お前が濡れてなけりゃいい」
海の頭には土方の上着が被せられている。これのおかげでそんなに濡れることは無かった。
『これじゃ暫くは帰れそうにないな……』
「ったく……晴れてたんじゃねぇのかよ」
『天気雨だろ。最近多いって山崎が言ってた』
「だから近藤さんの洗濯物がいつも濡れてんのか」
『それは乾かすの忘れてるだけだから』
近藤から生乾きの臭いがするのはそれのせいだ。洗濯したのに干すのをたまに忘れて屯所を飛び出ている。
見廻りに行ってくると言ってお妙のことを追いかけているからそうなるのだ。
ストーカーの鬱陶しさに加え、生乾き臭まで漂ってきたら誰だって蹴り飛ばしたくなる。近藤が屯所に帰ってくる度に生傷が絶えないのはそのせいだ。
『どうにかしてくれ。気にしてんのは俺だけじゃないだろ』
「本人に言え。俺に言うな」
『土方が言った方が効力がある』
「俺が言ったところで聞きやしねぇよ。お前が言った方が近藤さんに響く。こういうのは普段言わねぇやつが言うから効くんだ」
『それ土方が言いたくないだけじゃないのか?』
もう面倒くさく思っているに違いない。近藤に注意するのは糠に釘だ。何度も繰り返していれば段々とこちらが疲れてくる。その気持ちは分かるのだが、何も言わなければ被害者が増えていくだけだ。
職場の上司がストーカーでゴリラだというだけでもう嫌気が差しそうなのに、その上で毎日異臭がするなんて何のいじめだよ。
『近藤さんの手綱は土方がしっかり管理してくれ。俺は他ののことで忙し──』
「確か狐の嫁入りとも言ったよな」
『は?』
いつの間にか土方は空を見上げており、海の話はスルーされる。
『古い言い方ではそう言われるけど』
晴天が見えているのにもかかわらず雨が降ることの不思議さが、まるで狐に化かされているようだと昔の人はそう言い表した。
しみじみ日本人は独特な言い回しをするものだと感心したものだ。
「海」
空を見ていた土方がこちらへと顔を向ける。髪から雫が落ちて頬を伝う。水も滴るいい男というのはこういうやつの事を言うのかと見入ってしまった。
『な、んだよ』
見とれてしまっていた自分に気づいて咄嗟に顔を逸らしたが、それを許さないとでもいうように顔を掴まれて土方の方へと向けさせられる。
「まるで結婚式みたいだな」
『は……?』
頭の上に乗せていた上着を土方は捲りあげる。その手つきはさながら花嫁のベールを捲り上げているかのような仕草。
「海……」
『ひじか……んっ』
頬に手が添えられたかと思えば、徐々に土方の顔が近づいてくる。何をされるのかは分かっている。これまで何度もしてきたことだから。
目を閉じて受け入れる。優しかったキスは角度を変えながら深くなっていく。頬にあった手は海の頭を支えるように後頭部へと移り、海の両手は土方の服を縋るように掴んでいた。
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