短編
※大正時代にストーカーという言葉はまだありませんが、書きやすさ重視のためそこらへんは無視してます。
多くの人が見守る中、境内の中に立っていた。鬼殺隊の制服ではなく上等の紋付を着て、じっと誰かが来るのを待っている。
しゃらん。
鈴の音がする方を振り返る。後ろから花嫁行列がやってきていた。雅楽を鳴らし、巫女を先頭にしてやってくる白無垢。漸くこれが祝言だと気づいた。
「義勇、おめでとう」
ふと前を見ればお館様が微笑みを浮かべてこちらを見ている。慌てて膝を床につけようとした義勇をお館様が止める。
「今日は君が主役の晴れの舞台だ。
見てごらん。花嫁もようやく到着したみたいだ」
そう言われて後ろを見る。もう花嫁行列はすぐそこだ。白無垢がこちらへと一歩、足を出す。顔が見える。
「義勇さん」
綺麗な化粧をして、幸せそうな笑みを浮かべて義勇の傍へとやってそれに手を伸ばして、空を掴んだ。
(痛い)
鈍い頭の痛みに薄く目を開ける。首を動かして、柱に頭をぶつけたのだと悟る。
薄暗い部屋。少しだけ開いてる扉からは外の陽が入り込んでいる。
夢を見ていたのか。
今度はしっかりと辺りを見回す。昨日の記憶を思い出してきた。ここは自分の家ではなく藤の家だ。任務帰りに雨に降られて、近くにあった藤の家で一泊をしたのだ。それを思い出して痛い頭を押さえながら身体を起こす。
身体を起こしてから夢を思い出し、その内容に起こしかけた身体を止める。
(なんで?)
夢の中の白無垢は弟弟子だった。
変な夢を見た。疲労からに違いないと義勇は考えた。
弟弟子とはもうかれこれ一か月顔を合わせていない。手紙で時々近況を教えてくれているので嫌われてはいない。それなりに兄弟弟子とは仲が良いと思う。
まだ少し未熟ではあるものの真っ直ぐな太刀筋は悪くはない。水の呼吸もよく使えている。優しすぎるのが玉に瑕ではあるが弟弟子の長所でもあるし、あの陽のような笑顔は義勇も好きだ。
好きだと言えばあの感情豊かにころころ変わる表情も好きだ。大きな真っ直ぐな目で見つめられると悪い気はしない。よく話かけにきてくれるところも好きだ。彼の明るさにはきっと自分だけでなく他の皆も好きになるだろう。
弟弟子はよくやっている。自慢の弟弟子である。
好きだ。気に入っている。
夢を見た理由が、なんとなくわかった気がした。
◇ ◇ ◇
「マイハニー、どこへ行くんだい」
「いや、もう結構ですので!ついてこないでくださいっ!!」
にこにこと金髪碧眼の男性が最近ずっとついてくるのに炭治郎は辟易しながら丁重についてくるなと言う。それにわかったと男性は物分かり良さそうに答えるが、何故か行く先々で出会ってしまう。
この男性との出会いは任務先でのことだった。鬼が出たという地域で警邏をしていたところ、男性が何やら他の人と言い争いをしていたのを間に割って助けたのが切っ掛けだ。
お礼をという男性に自分は任務があるので、とその場を離れた。たったそれだけだ。
しかし、数日後にまたあの男性と道端で会ったのだ。炭治郎を見つけるとにこやかに駆けつけてくる男性に、再度お礼をと言われたがお気になさらず!と言ってこれまた次の任務があったのですぐに分かれた。
律儀な人だなぁ。とこの時までは思っていた。
しかし、数日後にまた出会い、今では3日に一度のペースで顔を合わせている。マイハニーとか何か言われて親しげに肩を引き寄せられて頬に接吻までされた時にはさすがにあれ、これなんかおかしくないかと気付いた。
すみません!用事が!と嘘まで吐いて脱兎のごとくその場から逃げた。
炭治郎が勢いよく駆け込んだ先は蝶屋敷だった。全集中・常中を切らしてぜぇはぁと息をしている炭治郎の顔の青さに気づいたしのぶが「どうしましたか?」とこてんと首を傾げて聞くのに、炭治郎は洗いざらい今までの事と経緯を話した。
しのぶはふんふんと最初は感じで聞いていたが、炭治郎の話がすべて終わるとあらまぁと声を上げた。
「ストーカーですね」
「ストーカー、ですか」
「はい、世の中にはそういうご……癖のある人がいるんですよ」
一瞬ゴミ野郎という汚い言葉が出かけたのをしのぶはこほりと咳をして誤魔化す。
「炭治郎さんは誰にでも優しくて、そこが良いところではありますが、それに寄ってくる人が善人ばかりとは限りませんからね。
まぁ、ある程度は予測できてはいましたが」
「はぁ……」
遅かれ早かれこんなことは起きるとは思っていた。だが、しのぶのようにそういう輩を言葉だけであしらうことも、カナヲのように無関心で過ごすことも炭治郎の人の好さからできないことは知っていたので、これはどうしたものでしょう、としのぶは頬に手をあてて考えた。
炭治郎は意思が強く、我慢強い。とはいえ、それは守るべきものがあるからだ。禰豆子を守る、人間に戻すためならばどんな辛い訓練も進んで行う。
けれど、炭治郎自身はあまり自分自身を顧みない。怪我の多さだって他の人に比べれば多い。誰かを助けるため、守るために簡単に自分の身を差し出してしまう。優しさから残酷な選択ができない優柔不断なところがある。甘い。まだまだ幼い少年なのだ。
ほうっとしのぶは息を吐く。
金髪の男性……出で立ちを聞くに異国の人だろう。異国の人は意外と押しが強い。炭治郎は今でこそ、その男性の行動に驚き、恐怖しているがそれを繰り返されたら絆されてしまうのではないか。そして意外なことに強気の言葉に弱いのだ。押し負ける姿が想像できなくもない。
指をつつきながら「どうしましょう、胡蝶さん」と情けなく言う姿は年相応にも見える。そんな困り切った表情の彼に仕方ないですねとしのぶは考える。この少年のことは気に入っているのだ。自分にない優しさを持っている。諦めていたものを彼なら叶えてくれる。しのぶの希望を背負った少年なのだ。ぱっと出の異国のクソ野郎になど渡すものか。
しのぶがお館様に筆を取った結果、しばらくの間炭治郎の任務は合同任務となった。大体は善逸や伊之助といった同期と行動するが、たまに村田など先輩隊士と共に任務をしていたがやはりあの男は現れた。あの男を目にした瞬間さっと先輩隊士の後ろに隠れたが気づかれてしまったようだ。
「こんにちは、マイエンジェル!」
両手を上げて満面の笑みを浮かべてやってくる男に村田がうぉと驚きに声を漏らしながら腰を引いた。こそりと炭治郎に聞こえるだけように「あいつが例の?」と尋ねると炭治郎はこくこく頷いた。
村田は炭治郎を背に庇うように男の間に入る。
「ええっと、こんにちは」
「こんにちは!あなたはエンジェルのお兄様ですか?」
「えんじぇ…?あ、いえ。兄ではないですが、友人です」
嫌な顔をすることなくニコニコ顔で話しかける男に村田はどうやってここから離れるか考える。けれど男は友人、という言葉に目を輝かせた。
「なるほど!ボーイフレンドではなくただのフレンドというわけですね!」
「あ、はい」
「エンジェルのフレンドであれば私のフレンドです!」
がしりと手を握られぶんぶんとよろしくと笑顔で言う男に村田はこれはさすがの炭治郎も恐怖するわけだと理解する。炭治郎の同期の猪頭の少年とタンポポのような頭の少年の悪いところを煮詰めたような男だ。いや、炭治郎の空気の読めなくて真っ直ぐなところも一部入ってるかもしれない。
「エンジェルもご機嫌いかがですか?」
「えっと元気です」
若干顔を青くさせながら炭治郎が言う。
こいつにも苦手な人はいたんだなぁと村田は他人事のしみじみと考え、いやでも確かにこれに付きまとわれたら嫌だなと頷く。
前にいる村田をもう見えていないのか男は炭治郎を見つめて、目をきらきらと輝かせている。
「エンジェル、良かったら今から私とお茶でも」
「ああああああっと!!」
村田を無視して炭治郎に近づこうとする男に大声を出して無視するなと再度割り込む。
「俺たち、これから仕事があるので失礼します!」
すいません!と頭を下げて村田は炭治郎の腕を引っ張って走る。後ろから男に声を掛けられたが無視をする。こういう輩は無視するのが一番だ。
ありがたいことに男の足はそこまで早くない。鬼殺隊の呼吸を覚えたものであれば余裕で振り払うことができる。
「……はぁ、ここまで離れれば大丈夫か」
男と出会った場所から離れて一息つく。村田は炭治郎の手を離して、さてどうしたもんかと考える。鬼が出る地域にあの男がいるとなると任務している途中で出くわす可能性はある。鬼の情報収集しながらあれを撒くともなるとなかなかに忙しい任務になる。
「迷惑をかけてすみません、村田さん」
俺がもう少ししっかりと断ればと炭治郎がしょんぼりとした顔で言うのに村田は無理無理と手を振る。
「ああいうのって人の話聞かないからさ、何言ってもダメだと思うぞ。
それに俺は一応お前たちの先輩だしな!これくらいの迷惑なんて大したことないさ」
「村田さん……ありがとうございます!」
炭治郎が両手を組んで感謝するのに、村田はたまには先輩らしくしてやるかと胸を張った。しかし数時間後にああこれはダメなやつだったと思い知った。やべーやつだこいつ。
村田と炭治郎が今日はもう藤の宿で休もうと何故かその男は藤の宿にいたのだ。また会いましたねハニー。これはもう運命ですね。結婚しましょう。という早口の言葉に恐怖で日輪刀を抜きかけた。いや相手は鬼ではない。人間だ。
ちょっと用があるのでと村田と炭治郎は部屋に閉じこもった。障子の影がゆらゆらと揺れているのでふすまの向こうにあの男がいるのはわかった。いや、影をみなくてもなんか襖の向こうからあいらーびゅーとかなんとかそういう声が聞こえてくるのでわかる。
がたがたと震える炭治郎の肩を掴み村田は言った。
「あれはやばいストーカーだ」
「やばいですか!?」
青ざめる炭治郎に沈痛な面持ちで村田は頷いた。空気の読めなさもつきまとうのも炭治郎以上だ。柱稽古が始まる時にお館様の依頼で義勇の住む家に居座り稽古しませんかと厠に行くときでさえ炭治郎は付きまとったと聞いているがそれ以上……以上だろうか。同等なような気がしてきた。
「お前の行動力はやっぱ普通じゃないってことだな……」
「え?」
炭治郎が困惑の表情を浮かべる隣で村田はうんうんと頷いた。いや、頷いたところで何も解決しないんだが。あいらびゅーとかまいはにーとかまいえんじぇるとか言ってることはよくわからないが、愛の言葉を叫んでいるらしいという事はしのぶから教えられていた。
「しかし、なんであいつは愛を叫んでるんだ」
「日課ですかね」
どんな日課だ。突っ込みを入れたかったが入れられなかった。何故ならあの男がスパァン!と襖を開けて入ってきたからだ。
「理由知りたいですか!!!」
「いえ、結構です!お引き取りください!!」
勢いよく目の前に飛んできた男に炭治郎がこれまた大きな声で返す。常人であればわかりましたと諦めるだろう。しかしこの男は諦めない。いや、言っている言葉を理解してないのか、無視しているのかよくわからないが、ぎゅっと両手で炭治郎の手を握ると勝手に理由を話し始めたのだ。
「私は愛を見つけるためにいろんな国を旅してきました!そしてとうとう見つけたのです!真実の愛を!!まさに私の運命の人!!!あなたです!!!!」
「勘違いです!!!!!!!」
炭治郎の声は絶叫に近い。嫌がっている。本気で炭治郎が嫌がっているのにも関わらず、男はじりじりと炭治郎にすり寄っている。もちろん村田だって嫌がる後輩を見捨てることなどできない。
男の肩に手を置いて一生懸命炭治郎から引きはがそうとしているのに男は石のように動かなかった。やっぱりこの男、鬼じゃないだろうか。
「マイハニー。将来は一戸建ての赤い屋根の家で犬を飼いながら一緒にくらそうね」
「俺には禰豆子がいるので!炭焼きの仕事もあるので結構です!!」
「通い妻でもOKですよ」
「生物学的に男なので妻は無理です!」
「私はどっちかというと押し倒されるよりも押し倒したい派なので、すみません」
「何を言ってるのかはわからないですけど、なんか嫌です!!」
ぐいぐいと迫る男に精一杯の嫌を返す炭治郎に村田は心の中で応援した。負けるな炭治郎。やべーやつだが負けると食べられるぞ。後輩の貞操の危機を察して、村田は目を瞑り精一杯祈った。多分これ俺だけじゃ無理。誰か助けて。
そんな村田の願いが通じたのか、どすっと音がしたのに薄目を開くと男は畳に顔を接吻をしていた。驚く炭治郎の横には村田の同期であり、炭治郎にとっては兄弟子であり、鬼殺隊の中でも柱と呼ばれる最高位の男、冨岡義勇が立っていた。
なんだこいつはという顔で義勇は畳に接吻する男を見ている。
「と、冨岡……助かった……」
「浮気はだめだよ、マイハニー!」
「うわ、まだ生きてた!」
男は飛び起きると炭治郎に手を伸ばしたところを頭を義勇に掴まれた。ぎりぎりと力任せにその男の頭を握り、義勇は隣の炭治郎に「誰だ、こいつは」と問うた。
「ストーカーさんです」
「ストーカー?」
「えぇっと、俺に最近ずっと付きまとっているというか」
「なるほど」
義勇は男の頭から手を離した。離しちゃうんだ、と村田も炭治郎もぼそりと口にした。できればずっと握っていて欲しかった。潰すのは困るけれども。こんな仕打ちをされたにも関わらずあのやべー男はめげずに炭治郎に手を伸ばす。
だが義勇はそうはさせない。だんっと義勇は男の背を踏み抜いた。
「何か言いたいことがあるならこのまま話せ」
「Oh……バイオレンス……」
「は?」
凍り付くような冷たい義勇の言葉にやべー男は頭を横に振った。こんなにもめげない様子の男に少しだけほんのちょっぴりとだけ同情した。だが1対99の割合でもっと踏んづけてしまえと同期の義勇を応援した。やはり応援するなら同期の頼れる男である。
「う、運命の赤い糸……」
「意味が分からない」
「愛してるんです……あの子を……」
じりじりと男は義勇に背を踏みつけられているのにも関わらずなお、這いつくばりながら炭治郎の元へ行こうとする。まいはにー、愛しい人よ……とよろよろ手を炭治郎に差し出すとさすがの炭治郎も可哀想になったのか迷うような表情を見せた。いや、迷うな。やべーやつだぞ。
その男に伸ばしかけた炭治郎の手を取ったのは義勇だ。よくやった。弟弟子の貞操はこれで守られた。村田は安心した。
「こいつは俺の嫁だ」
「え?」
「は?」
「ほわい?」
義勇の言葉に炭治郎も村田もやべー男もみんな何言ってんだこいつという表情になった。義勇も何お前ら驚いた顔してるんだという顔でみんなを見ている。いや、何言ってんだ本当に。
「えっ嫁なんですか俺?」
「そうだ」
「いや。えっ?なんで?嘘?」
「嘘じゃない」
炭治郎も驚いているだろうが。あのやべー男を諦めさせる嘘なのかと思えば嘘じゃないとか言うし、なんなんだ。やべー男が二人に増えただけじゃないか。
「俺はこいつを愛してる」
同期が無表情でそんなことを後輩に宣う姿は見たくなかった。いや、なんだ本当にこれは。
やべー男を義勇が足で踏みつけながら手は炭治郎の腕を取っていて。やべー男は炭治郎に手を伸ばしていて。可哀想なことに炭治郎はえっえっと困惑した表情で二人を見ている。
「えええーっと……義勇さん、お願いします!」
いや炭治郎、二者択一じゃないんだよ。確かに義勇の方がましかもしれないがそっちの手を取るのもおかしいよ。選ばれた同期はそんなムフフとした表情をするな。男はガッデムとか言いながら泣くんじゃない。やめてくれ。どうしたらいいんだこの状況。
愛を叫ぶなら、もっとどっか世界の隅っこで叫んでくれ。
ちなみに後日談にはなるのだが、蝶屋敷に義勇と炭治郎が揃って訪れた時に義勇が炭治郎の事を嫁だと紹介したことにぶち切れたしのぶが「ねぇねぇねぇ富岡さん、年端のいかない子供に手を出すのはまずいんじゃないですか。犯罪ですよ。ねぇねぇ聞いてますか?犯罪者さん」と警察に連絡しようとしたことでまた一波乱があったのだが、その話については割愛させていただく。
本当に頼むから愛を叫ぶなら世界の隅っこで叫んでほしい。
多くの人が見守る中、境内の中に立っていた。鬼殺隊の制服ではなく上等の紋付を着て、じっと誰かが来るのを待っている。
しゃらん。
鈴の音がする方を振り返る。後ろから花嫁行列がやってきていた。雅楽を鳴らし、巫女を先頭にしてやってくる白無垢。漸くこれが祝言だと気づいた。
「義勇、おめでとう」
ふと前を見ればお館様が微笑みを浮かべてこちらを見ている。慌てて膝を床につけようとした義勇をお館様が止める。
「今日は君が主役の晴れの舞台だ。
見てごらん。花嫁もようやく到着したみたいだ」
そう言われて後ろを見る。もう花嫁行列はすぐそこだ。白無垢がこちらへと一歩、足を出す。顔が見える。
「義勇さん」
綺麗な化粧をして、幸せそうな笑みを浮かべて義勇の傍へとやってそれに手を伸ばして、空を掴んだ。
(痛い)
鈍い頭の痛みに薄く目を開ける。首を動かして、柱に頭をぶつけたのだと悟る。
薄暗い部屋。少しだけ開いてる扉からは外の陽が入り込んでいる。
夢を見ていたのか。
今度はしっかりと辺りを見回す。昨日の記憶を思い出してきた。ここは自分の家ではなく藤の家だ。任務帰りに雨に降られて、近くにあった藤の家で一泊をしたのだ。それを思い出して痛い頭を押さえながら身体を起こす。
身体を起こしてから夢を思い出し、その内容に起こしかけた身体を止める。
(なんで?)
夢の中の白無垢は弟弟子だった。
変な夢を見た。疲労からに違いないと義勇は考えた。
弟弟子とはもうかれこれ一か月顔を合わせていない。手紙で時々近況を教えてくれているので嫌われてはいない。それなりに兄弟弟子とは仲が良いと思う。
まだ少し未熟ではあるものの真っ直ぐな太刀筋は悪くはない。水の呼吸もよく使えている。優しすぎるのが玉に瑕ではあるが弟弟子の長所でもあるし、あの陽のような笑顔は義勇も好きだ。
好きだと言えばあの感情豊かにころころ変わる表情も好きだ。大きな真っ直ぐな目で見つめられると悪い気はしない。よく話かけにきてくれるところも好きだ。彼の明るさにはきっと自分だけでなく他の皆も好きになるだろう。
弟弟子はよくやっている。自慢の弟弟子である。
好きだ。気に入っている。
夢を見た理由が、なんとなくわかった気がした。
◇ ◇ ◇
「マイハニー、どこへ行くんだい」
「いや、もう結構ですので!ついてこないでくださいっ!!」
にこにこと金髪碧眼の男性が最近ずっとついてくるのに炭治郎は辟易しながら丁重についてくるなと言う。それにわかったと男性は物分かり良さそうに答えるが、何故か行く先々で出会ってしまう。
この男性との出会いは任務先でのことだった。鬼が出たという地域で警邏をしていたところ、男性が何やら他の人と言い争いをしていたのを間に割って助けたのが切っ掛けだ。
お礼をという男性に自分は任務があるので、とその場を離れた。たったそれだけだ。
しかし、数日後にまたあの男性と道端で会ったのだ。炭治郎を見つけるとにこやかに駆けつけてくる男性に、再度お礼をと言われたがお気になさらず!と言ってこれまた次の任務があったのですぐに分かれた。
律儀な人だなぁ。とこの時までは思っていた。
しかし、数日後にまた出会い、今では3日に一度のペースで顔を合わせている。マイハニーとか何か言われて親しげに肩を引き寄せられて頬に接吻までされた時にはさすがにあれ、これなんかおかしくないかと気付いた。
すみません!用事が!と嘘まで吐いて脱兎のごとくその場から逃げた。
炭治郎が勢いよく駆け込んだ先は蝶屋敷だった。全集中・常中を切らしてぜぇはぁと息をしている炭治郎の顔の青さに気づいたしのぶが「どうしましたか?」とこてんと首を傾げて聞くのに、炭治郎は洗いざらい今までの事と経緯を話した。
しのぶはふんふんと最初は感じで聞いていたが、炭治郎の話がすべて終わるとあらまぁと声を上げた。
「ストーカーですね」
「ストーカー、ですか」
「はい、世の中にはそういうご……癖のある人がいるんですよ」
一瞬ゴミ野郎という汚い言葉が出かけたのをしのぶはこほりと咳をして誤魔化す。
「炭治郎さんは誰にでも優しくて、そこが良いところではありますが、それに寄ってくる人が善人ばかりとは限りませんからね。
まぁ、ある程度は予測できてはいましたが」
「はぁ……」
遅かれ早かれこんなことは起きるとは思っていた。だが、しのぶのようにそういう輩を言葉だけであしらうことも、カナヲのように無関心で過ごすことも炭治郎の人の好さからできないことは知っていたので、これはどうしたものでしょう、としのぶは頬に手をあてて考えた。
炭治郎は意思が強く、我慢強い。とはいえ、それは守るべきものがあるからだ。禰豆子を守る、人間に戻すためならばどんな辛い訓練も進んで行う。
けれど、炭治郎自身はあまり自分自身を顧みない。怪我の多さだって他の人に比べれば多い。誰かを助けるため、守るために簡単に自分の身を差し出してしまう。優しさから残酷な選択ができない優柔不断なところがある。甘い。まだまだ幼い少年なのだ。
ほうっとしのぶは息を吐く。
金髪の男性……出で立ちを聞くに異国の人だろう。異国の人は意外と押しが強い。炭治郎は今でこそ、その男性の行動に驚き、恐怖しているがそれを繰り返されたら絆されてしまうのではないか。そして意外なことに強気の言葉に弱いのだ。押し負ける姿が想像できなくもない。
指をつつきながら「どうしましょう、胡蝶さん」と情けなく言う姿は年相応にも見える。そんな困り切った表情の彼に仕方ないですねとしのぶは考える。この少年のことは気に入っているのだ。自分にない優しさを持っている。諦めていたものを彼なら叶えてくれる。しのぶの希望を背負った少年なのだ。ぱっと出の異国のクソ野郎になど渡すものか。
しのぶがお館様に筆を取った結果、しばらくの間炭治郎の任務は合同任務となった。大体は善逸や伊之助といった同期と行動するが、たまに村田など先輩隊士と共に任務をしていたがやはりあの男は現れた。あの男を目にした瞬間さっと先輩隊士の後ろに隠れたが気づかれてしまったようだ。
「こんにちは、マイエンジェル!」
両手を上げて満面の笑みを浮かべてやってくる男に村田がうぉと驚きに声を漏らしながら腰を引いた。こそりと炭治郎に聞こえるだけように「あいつが例の?」と尋ねると炭治郎はこくこく頷いた。
村田は炭治郎を背に庇うように男の間に入る。
「ええっと、こんにちは」
「こんにちは!あなたはエンジェルのお兄様ですか?」
「えんじぇ…?あ、いえ。兄ではないですが、友人です」
嫌な顔をすることなくニコニコ顔で話しかける男に村田はどうやってここから離れるか考える。けれど男は友人、という言葉に目を輝かせた。
「なるほど!ボーイフレンドではなくただのフレンドというわけですね!」
「あ、はい」
「エンジェルのフレンドであれば私のフレンドです!」
がしりと手を握られぶんぶんとよろしくと笑顔で言う男に村田はこれはさすがの炭治郎も恐怖するわけだと理解する。炭治郎の同期の猪頭の少年とタンポポのような頭の少年の悪いところを煮詰めたような男だ。いや、炭治郎の空気の読めなくて真っ直ぐなところも一部入ってるかもしれない。
「エンジェルもご機嫌いかがですか?」
「えっと元気です」
若干顔を青くさせながら炭治郎が言う。
こいつにも苦手な人はいたんだなぁと村田は他人事のしみじみと考え、いやでも確かにこれに付きまとわれたら嫌だなと頷く。
前にいる村田をもう見えていないのか男は炭治郎を見つめて、目をきらきらと輝かせている。
「エンジェル、良かったら今から私とお茶でも」
「ああああああっと!!」
村田を無視して炭治郎に近づこうとする男に大声を出して無視するなと再度割り込む。
「俺たち、これから仕事があるので失礼します!」
すいません!と頭を下げて村田は炭治郎の腕を引っ張って走る。後ろから男に声を掛けられたが無視をする。こういう輩は無視するのが一番だ。
ありがたいことに男の足はそこまで早くない。鬼殺隊の呼吸を覚えたものであれば余裕で振り払うことができる。
「……はぁ、ここまで離れれば大丈夫か」
男と出会った場所から離れて一息つく。村田は炭治郎の手を離して、さてどうしたもんかと考える。鬼が出る地域にあの男がいるとなると任務している途中で出くわす可能性はある。鬼の情報収集しながらあれを撒くともなるとなかなかに忙しい任務になる。
「迷惑をかけてすみません、村田さん」
俺がもう少ししっかりと断ればと炭治郎がしょんぼりとした顔で言うのに村田は無理無理と手を振る。
「ああいうのって人の話聞かないからさ、何言ってもダメだと思うぞ。
それに俺は一応お前たちの先輩だしな!これくらいの迷惑なんて大したことないさ」
「村田さん……ありがとうございます!」
炭治郎が両手を組んで感謝するのに、村田はたまには先輩らしくしてやるかと胸を張った。しかし数時間後にああこれはダメなやつだったと思い知った。やべーやつだこいつ。
村田と炭治郎が今日はもう藤の宿で休もうと何故かその男は藤の宿にいたのだ。また会いましたねハニー。これはもう運命ですね。結婚しましょう。という早口の言葉に恐怖で日輪刀を抜きかけた。いや相手は鬼ではない。人間だ。
ちょっと用があるのでと村田と炭治郎は部屋に閉じこもった。障子の影がゆらゆらと揺れているのでふすまの向こうにあの男がいるのはわかった。いや、影をみなくてもなんか襖の向こうからあいらーびゅーとかなんとかそういう声が聞こえてくるのでわかる。
がたがたと震える炭治郎の肩を掴み村田は言った。
「あれはやばいストーカーだ」
「やばいですか!?」
青ざめる炭治郎に沈痛な面持ちで村田は頷いた。空気の読めなさもつきまとうのも炭治郎以上だ。柱稽古が始まる時にお館様の依頼で義勇の住む家に居座り稽古しませんかと厠に行くときでさえ炭治郎は付きまとったと聞いているがそれ以上……以上だろうか。同等なような気がしてきた。
「お前の行動力はやっぱ普通じゃないってことだな……」
「え?」
炭治郎が困惑の表情を浮かべる隣で村田はうんうんと頷いた。いや、頷いたところで何も解決しないんだが。あいらびゅーとかまいはにーとかまいえんじぇるとか言ってることはよくわからないが、愛の言葉を叫んでいるらしいという事はしのぶから教えられていた。
「しかし、なんであいつは愛を叫んでるんだ」
「日課ですかね」
どんな日課だ。突っ込みを入れたかったが入れられなかった。何故ならあの男がスパァン!と襖を開けて入ってきたからだ。
「理由知りたいですか!!!」
「いえ、結構です!お引き取りください!!」
勢いよく目の前に飛んできた男に炭治郎がこれまた大きな声で返す。常人であればわかりましたと諦めるだろう。しかしこの男は諦めない。いや、言っている言葉を理解してないのか、無視しているのかよくわからないが、ぎゅっと両手で炭治郎の手を握ると勝手に理由を話し始めたのだ。
「私は愛を見つけるためにいろんな国を旅してきました!そしてとうとう見つけたのです!真実の愛を!!まさに私の運命の人!!!あなたです!!!!」
「勘違いです!!!!!!!」
炭治郎の声は絶叫に近い。嫌がっている。本気で炭治郎が嫌がっているのにも関わらず、男はじりじりと炭治郎にすり寄っている。もちろん村田だって嫌がる後輩を見捨てることなどできない。
男の肩に手を置いて一生懸命炭治郎から引きはがそうとしているのに男は石のように動かなかった。やっぱりこの男、鬼じゃないだろうか。
「マイハニー。将来は一戸建ての赤い屋根の家で犬を飼いながら一緒にくらそうね」
「俺には禰豆子がいるので!炭焼きの仕事もあるので結構です!!」
「通い妻でもOKですよ」
「生物学的に男なので妻は無理です!」
「私はどっちかというと押し倒されるよりも押し倒したい派なので、すみません」
「何を言ってるのかはわからないですけど、なんか嫌です!!」
ぐいぐいと迫る男に精一杯の嫌を返す炭治郎に村田は心の中で応援した。負けるな炭治郎。やべーやつだが負けると食べられるぞ。後輩の貞操の危機を察して、村田は目を瞑り精一杯祈った。多分これ俺だけじゃ無理。誰か助けて。
そんな村田の願いが通じたのか、どすっと音がしたのに薄目を開くと男は畳に顔を接吻をしていた。驚く炭治郎の横には村田の同期であり、炭治郎にとっては兄弟子であり、鬼殺隊の中でも柱と呼ばれる最高位の男、冨岡義勇が立っていた。
なんだこいつはという顔で義勇は畳に接吻する男を見ている。
「と、冨岡……助かった……」
「浮気はだめだよ、マイハニー!」
「うわ、まだ生きてた!」
男は飛び起きると炭治郎に手を伸ばしたところを頭を義勇に掴まれた。ぎりぎりと力任せにその男の頭を握り、義勇は隣の炭治郎に「誰だ、こいつは」と問うた。
「ストーカーさんです」
「ストーカー?」
「えぇっと、俺に最近ずっと付きまとっているというか」
「なるほど」
義勇は男の頭から手を離した。離しちゃうんだ、と村田も炭治郎もぼそりと口にした。できればずっと握っていて欲しかった。潰すのは困るけれども。こんな仕打ちをされたにも関わらずあのやべー男はめげずに炭治郎に手を伸ばす。
だが義勇はそうはさせない。だんっと義勇は男の背を踏み抜いた。
「何か言いたいことがあるならこのまま話せ」
「Oh……バイオレンス……」
「は?」
凍り付くような冷たい義勇の言葉にやべー男は頭を横に振った。こんなにもめげない様子の男に少しだけほんのちょっぴりとだけ同情した。だが1対99の割合でもっと踏んづけてしまえと同期の義勇を応援した。やはり応援するなら同期の頼れる男である。
「う、運命の赤い糸……」
「意味が分からない」
「愛してるんです……あの子を……」
じりじりと男は義勇に背を踏みつけられているのにも関わらずなお、這いつくばりながら炭治郎の元へ行こうとする。まいはにー、愛しい人よ……とよろよろ手を炭治郎に差し出すとさすがの炭治郎も可哀想になったのか迷うような表情を見せた。いや、迷うな。やべーやつだぞ。
その男に伸ばしかけた炭治郎の手を取ったのは義勇だ。よくやった。弟弟子の貞操はこれで守られた。村田は安心した。
「こいつは俺の嫁だ」
「え?」
「は?」
「ほわい?」
義勇の言葉に炭治郎も村田もやべー男もみんな何言ってんだこいつという表情になった。義勇も何お前ら驚いた顔してるんだという顔でみんなを見ている。いや、何言ってんだ本当に。
「えっ嫁なんですか俺?」
「そうだ」
「いや。えっ?なんで?嘘?」
「嘘じゃない」
炭治郎も驚いているだろうが。あのやべー男を諦めさせる嘘なのかと思えば嘘じゃないとか言うし、なんなんだ。やべー男が二人に増えただけじゃないか。
「俺はこいつを愛してる」
同期が無表情でそんなことを後輩に宣う姿は見たくなかった。いや、なんだ本当にこれは。
やべー男を義勇が足で踏みつけながら手は炭治郎の腕を取っていて。やべー男は炭治郎に手を伸ばしていて。可哀想なことに炭治郎はえっえっと困惑した表情で二人を見ている。
「えええーっと……義勇さん、お願いします!」
いや炭治郎、二者択一じゃないんだよ。確かに義勇の方がましかもしれないがそっちの手を取るのもおかしいよ。選ばれた同期はそんなムフフとした表情をするな。男はガッデムとか言いながら泣くんじゃない。やめてくれ。どうしたらいいんだこの状況。
愛を叫ぶなら、もっとどっか世界の隅っこで叫んでくれ。
ちなみに後日談にはなるのだが、蝶屋敷に義勇と炭治郎が揃って訪れた時に義勇が炭治郎の事を嫁だと紹介したことにぶち切れたしのぶが「ねぇねぇねぇ富岡さん、年端のいかない子供に手を出すのはまずいんじゃないですか。犯罪ですよ。ねぇねぇ聞いてますか?犯罪者さん」と警察に連絡しようとしたことでまた一波乱があったのだが、その話については割愛させていただく。
本当に頼むから愛を叫ぶなら世界の隅っこで叫んでほしい。