短編

 曇り一つない晴天の下で粛々と身内だけの祝言が行われている。
 禰豆子と輝利哉様、くいな様、かなた様がにこにこと見守る反対側で鱗滝さんと善逸が微妙な顔をしつつ、伊之助は何もわかっていないのか立ち上がりそうなのを横に座るカナヲが抑えている。
 立派な紋付き袴で座る俺の隣に同じように正座しているのは同門の兄弟子で、恩人でもあり、上官でもあった義勇さんだ。
 差し出されるがままに杯を預かり、直前に言われた作法を思い出しながらぎこちなくその中身を飲み干し、空になった杯を返す。
 神前へと一歩義勇さんが前に出たのに合わせて一歩遅れて俺もその後に続く。持っていた紙を義勇さんが俺の手に乗せ、左手でその紙を開くと淡々とその紙に書かれた言葉を述べ始める。
 今日のよき日に、という言葉に窓から見える空を見る。確かに良い天気だなぁ。こういう日は洗濯が捗りそうだなぁ。
「今後はご神徳のもと、相和し、相敬い、苦楽を共にし、明るく温かい生活を営み、終生変わらぬことをお誓いいたします」
 短い口上が終わり、最後の一言は二人で言う約束だということを思い出す。義勇さんの顔を見上げれば、あちらもこちらを見ていた。俺が口を開くとそれに合わせて彼も述べる。
「なにとぞ、幾久しくご守護下さいますようお願い申し上げます」
 玉串を神前に捧げ、二拝二拍手一拝に続き、神酒を禰豆子と鱗滝さんが一口だけ口につけると斎主が式の終わりを告げる。
 ふはっと厳かな空気からようやく解放されて、全員で神社の外へ出ると宇髄さんが待ち構えていて義勇さんと俺の顔を見比べると首を傾げた。

「なんで?」

 その言葉は本来俺が言うべきだったのだろう。村田さんは先ほどから何故かふるふると身体を震わせているし、不死川さんもぽかんとした表情でこちらを見ている。
 ごめんなさい。俺にもよくわからないんです。
 昨日の朝に雲取山にやってきた冨岡さんに式をあげるぞと言われるがままに禰豆子や善逸ともども連れ出されて、着替えろと服を渡され、式の流れだ覚えろと作法の書かれた冊子を渡され、質問をする暇もなかったのだ。
 尊敬する兄弟子のすることだからと全て事が終わった後に訊けばいいかと思っていたのだけれども。
「祝言だが?」
 むふんと満足そうな表情で宇髄さんの言葉に答えたのは義勇さんだった。ですよね。と思いつつも「は?誰と誰の?」「俺と炭治郎のだが?」「は?なんで?」宇髄さんと義勇さんとのやりとりを横で呆然と見つめる。
 永遠とループしそうな会話に割って入ったのは村田さんだった。ああああああ!と突然に大声を上げて俺の肩を掴むと、いつかやると思ってたよと言葉を連ねる。
「炭治郎、お前本当に良かったのか!?」
「え?何がですか?」
「祝言!こいつと籍を入れて良かったのか?」
「えっ、いや、まぁ……」
 籍を入れるという言葉には思い当たる節がある。鬼殺隊の解散が発表された直後に義勇さんに呼び出されて会いに行った時に冨岡性にならないかと禰豆子共々訊かれたのだ。
 実家の神楽は継ぎたい、生家に戻りたいという気持ちがあったので一度は断ろうとしたが、義勇さんに養子としたいと説得に揺れ動いたのは禰豆子の方だった。
 生家に戻りたいという気持ちはあるけれども、前のような炭焼きをして生きていけるかどうかわからない。兄も怪我をしているし、私はいつか誰かの元に嫁いでしまう。その時に兄を一人残すのは不安だ。
 冨岡さんなら知った人であるし、家族になっても構わない。竈門から冨岡になっても神楽は継げるし、生家だって冨岡性になったら住んじゃ駄目ってことでもないでしょう?
 それに善逸さんと伊之助さんも一緒に冨岡性になってしまえばいいんじゃないかしら。
 禰豆子の言葉に、いいんでしょうかと俺が義勇さんの顔色を窺えば、構わないと即座に返された。いつもと同じように静かで落ち着いた表情で義勇さんは「手続きはこちらで済ましておく」と言われたその翌週には俺達は揃って冨岡性になっていた。
 つまるところ四人そろって籍を入れたことになる。苗字は変わったけれども生活は順調で、なにより義勇さんが何かと俺達に気を使ってちょくちょく雲取山へ訪れて泊ってくれるから安心だ。以前子供だけで住んでいることに難癖をつけられそうになった時も義勇さんが間に入ってくれたから助かった。
「義勇さんなら、俺も安心できるから」
 にこりと本心で村田さんにそう言うとそっか、そっかぁと涙を流しながら頷かれた。一緒に柱稽古をした先輩達も幸せになと肩を叩かれたり、頭を撫でられたりする。幸せにとは?と思いつつもそれにありがとうございますと律儀に返すと何故か泣かれた。なんでだろう。
「しかしお前も派手な事をするなぁ」
「形だけとはいえ、籍を入れたのだから式を挙げるべきだろう」
「そうか?
 いや、まぁ本人達が納得してるならいいけどよォ」
「ちょっと待てェ」
 宇髄さんが納得しすべてが丸く収まりそうな雰囲気を止めたのは不死川さんだ。冨岡さんの方を見て一瞬眉を寄せた後に俺を見る。頭をがりがりと掻きながら舌打ちされた。面倒だという匂いに混ざってこちらを案じているような、そんな匂いがした。
「お前は自分の状況わかってんのか?」
「どういう意味でしょうか?」
「どういうってそりゃあ……」
 一瞬の逡巡。けれど、それは本当に一瞬だった。
 冨岡と一生を共にするのかよ。
 不死川さんが嫌そうに吐き出した言葉に目をぱちりと瞬かせる。
 一生を共にする。
 心の中でその言葉を反芻させた後に、横に立つ冨岡さんを見上げる。青い瞳がこちらをひたりと見つめたまま、離れない。
 この命が尽きるまでこの人の傍にいてもいいのだろうか。
 いや、命を賭けて俺達兄妹を守ってくれた恩人だ。少しでもその恩を返すためなら自分の人生を賭けてもいいとは思っている。それは宇髄さんや他の人にも言えることだけれど、義勇さんへの熱量と比べると少しだけ、違うように思う。
 ざあっと強い風が吹く。遠いどこかからやってきたその風はこの場のすべての匂いを吹き飛ばしていく。だが、隣に立つ人から香る匂いだけはそのままだった。
 愛している。
 いつか異国の人に付きまとわれた際に言われた時の言葉を思い出す。あの頃から義勇さんはずっと優しい目で俺を見てくれている。大事だと大切だと口に出さなくてもわかるくらいの熱の籠もった瞳にああそうか、この人は自分を好いてくれているんだと気づく。
 その好いてくれているという意味が、今日の祝言にようやく結び付く。
「えっ⁉あっ!今日の祝言って俺と義勇さんのなんですか!?」
「はぁ⁉」
 顔が熱い。頬に手を当てて、えー?そうなんだぁ。そういうことかぁ。と納得しながら義勇さんを見上げると少し驚いた表情をしているのが分かった。いや、驚いているのは俺の方なんですが!
「お前気づいてなかったのかよ!」
「よくそれでほいほいと式を挙げられたな!」
「いや、義勇さんなら何か理由があるんだろうなって」
 阿呆かと周りから叫ぶように怒鳴られ背中を叩かれ、肩を掴まれ揉みくちゃにされる。視界の端っこで宇髄さんと不死川さんに両肩を叩かれている冨岡さんが見えた。
 わぁわぁと一瞬で騒々しくなる中で村田さんが竈門!と俺の肩を掴む。
「祝言、辞めるか?」
「え?なんで?」
「え?」
「俺も義勇さんのことは好きだから、別にこのままでいいけど」
 ねぇ、義勇さんと隣に立つ彼に言えば、ざっと村田さんが俺の傍から一歩引いた。周りの人たちも一歩二歩とその場から下がり、宇髄さんと不死川さんが義勇さんの背を叩き、義勇さんが一歩俺の方へと近づいた。
 周りの人たちが見つめる中、俺は一歩だけ義勇さんに近づいた。
「義勇さんは俺のこと好きですか」
「好きだ」
「そうですか。俺も義勇さんのこと大好きです」
「俺はお前を愛している」
 義勇さんも一歩、俺の方に近づいて頬に手を当てる。その頬を手に取る。愛してるとあの時に言われた時の声音と変わらないままで。その時からこの人は自分の事を想ってくれてたんだなとわかった。
 一生を添い遂げる。家族として、伴侶として。これから互いの命が尽きるまで想い、支え合うこと。既に式で義勇さんが誓いを口にしてくれたから、彼もそのつもりだということはわかった。
「義勇さん、俺も貴方の事をお慕いしています」
 素敵な家族になりましょう。
 俺がそう言うと、義勇さんはそっと目を細めた。
 ぶあっと風が舞う。暖かさを纏う風が俺たちの間を通り過ぎていく。
 春一番。その名にふさわしい風だった。
 どこかの山で咲いていたらしい桜の花弁がそれは義勇さんの髪にぺたりと張り付いたのを手で取る。
「春が来ましたねぇ」
「あぁ」
 にこにこと暖かい春がやってきたことが嬉しい俺に義勇さんもその頬を緩ませている。周りの人たちを見れば先ほどまでの表情はどこへいったのやら、しょうがないなぁと呆れたような、良かったなぁというように笑っている。
「冨岡、良かったなぁ!
 結婚からの0日離婚とかならなくて」
「お前は言葉が足りなさすぎるんだよ」
「俺も炭治郎も好き合ってるから問題ない」
 宇髄さんと不死川さんが義勇さんを横から突く。その顔には今度こそ良かったと安心したようにほっとしている。
 俺の方にも禰豆子と善逸が駆け寄って来て、良かったねぇ、良かったのかなぁとお祝いをしてくれた。
「まぁ、炭治郎と水柱はお似合いの二人だと思うよ。天然なとことか」
「そうだろうか」
 善逸の言葉には何か含みがあるようだけれども、祝ってくれていることは匂いでわかったから、ありがとうと返した。二人に遅れてカナヲと伊之助も歩いてやって来る。
「炭治郎、おめでとう。もし水柱様に嫌な事されたり、困ったことがあったらいつでも蝶屋敷に来てくれていいからね」
「権八朗、お前半々羽織と番になんのか!」
「カナヲ、ありがとう。そんなことは多分ないと思うから気持ちだけ受け取っておくよ。
 伊之助も。番というか家族になるんだ」
 家族には籍を入れた時からもうすでになっているのだけれど、あれはどちらかと言えば後見人の意味合いが近い。一般的な番とは違い子孫繁栄とかそういうことはできないのだけれど。それを除けば夫婦である。
 未だに宇随さんと不死川さんが義勇さんを突いてるのを見て、俺は大きな声を上げて宣言する。
「俺、頑張って義勇さんを養います!」
 後生大事します!と続けて言えば宇随さんはげらげらと笑ってばんばんと義勇さんの背中を叩き、不死川さんは渋面を作った。おかしなことを言っただろうか。
 はてと自分の言葉を思い返しているとずいっと少し不服そうな顔をした義勇さんが身を乗り出した。
「養われるのはお前だ」
「いえ!恩返しも兼ねてお世話させてください!」
「なら、家庭内のことは任せる」
「わかりました!」
 むふふと機嫌の良さそうな笑みを浮かべる義勇さんに俺もまたにこにこと笑顔になってしまう。きゅんとときめくような恋は分からなかったけれど、好きな人といると何故だか心が暖かく自然と笑みが零れてしまう。
 だらしなく緩みそうになる頬に手を当てるとその手を義勇さんに掴まれる。
「炭治郎」
「は」
 はいと答えたかった言葉は義勇さんの唇によって塞がれる。柔らかい唇が俺のに重なり、優しく食まれる。はっと吐いた息が舌に掬われて、舐められる。湿った唇の感触に驚いていると義勇さんが優しく笑った。
「愛してる」
 本日二度目の愛の言葉にぱくぱくと口を開けては閉じてを繰り返す。何か言いたいのに、纏まらない言葉は形にならずに崩れていく。
 きゃあっと嬉しそうな声を上げる禰豆子の声が遠くに聞こえる。
 恥ずかしくて、怒りたいような気持ちが湧き上がるのに義勇さんの嬉しそうな顔を見るとしょうがないなぁと思ってしまう。いや。でもそれよりも前に。
「炭治郎ぉおおお⁉」
「ごめん、善逸……」
「どうした権八朗!」
「炭治郎?」
 慌てる義勇さんの表情を見ながら、背後の善逸と伊之助の方へと倒れ込む。ひぃと怯えながらも善逸も伊之助も俺を受け止めてくれたのに甘えてそのまま身体を預ける。鱗滝さんが俺と義勇さんとの間に入ってくれたのに安心してそのまま目を閉じた。
 いや、だって伴侶までは納得したし、家族になるのも嬉しいと思ったけれども。
 義勇さんからはそれ以上のことを望んでいる匂いがしていることに先ほどの口付けで気づいてしまったのだ。
 俺にはまだそれは早すぎます……。
 色恋の覚悟はできても、駆け巡る感情の忙しさは許容量を超えてしまった。長男であっても熱のその先はまだ未知のもので、心の防衛反応が働き、気絶をすることになってしまった。
 顔を赤くしながら意識を失った俺を見て顔を青くさせる義勇さんと、手を出すのが早すぎると怒る鱗滝さんと面白がって笑う宇髄さんと喜ぶ禰豆子とお前が気絶した後は酷い様子だったと善逸からは後々語られたのだった。

 祝言から数か月後、俺と義勇さんは二人暮らしを始めた。
 二人暮らしと言っても、日常が激変したわけでもなく穏やかな日常は前とあまり変わらない。
 朝、義勇さんより早くに目を覚まし、朝餉を用意し、二人でご飯を食べた後は仕事に出かける義勇さんを見送る。その後は掃除をしたり、夕飯や明日の買い物に出かけたり、禰豆子に手紙を書いたり。夕方になれば家の外で彼を待ち、義勇さんが帰ってきた後は夕飯を食べて、今日あったことを話してお風呂に入って寝る。義勇さんが休みの日は一緒に詰将棋をしたり、どこかに出かけたりとゆっくりと充実した毎日を過ごしている。
 ただ一つ今までとは違うことは、義勇さんが事ある毎に好きだ、愛してると言葉をするようになったことだ。その度に俺も好きですとお慕い申していますと返せば義勇さんは機嫌よく笑ってくれる。
 頬を愛しそうに撫でた後はいつものように唇を寄せてくれる。慣れさせるようなそれは最近少しずつ時間を増やし、角度を変えて、深く、浅くと何度も試されている。
 多分、鱗滝さんが祝言の時に言ってくれた言葉を守ってくれているのだろう。
 焦らず、二人で少しずつ家族になりなさい。
 少しずつというには大分ゆっくり過ぎるかもしれないけれども。義勇さんはそれで満足しているようだし、俺も一気に階段を上るつもりはないのでいいのだ。
「炭治郎、好きだ」
「俺も。好きです」
 こつりと額を合わせて何度も繰り返した言葉は飽きることがく、唄うように口ずさむように勝手に口から飛び出してしまう。ふふふとどちらともなく笑い出し、幸福を描いた俺達は二人仲良く互いの背に腕を回す。
 きっとこれは俺達の恋の唄。二人だけの幸せの形。
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