ラプラスの水槽
和泉守兼定は演練の待合所で相棒の堀川国広と一緒に出番を待っていた。相棒は夜戦明けのまま演練に出かけることになったからその表情は少し眠たそうだ。あくびを噛みしめては頬をつねって眠らないようにしている。
「国広、出番が来るまで寝てていいぞ」
「兼さん、でも」
「んなザマじゃあいざって時に動けねぇだろ。ほら」
椅子に座ってその頭を和泉守の膝に乗せてやると堀川はあっさりと目を閉じた。余程眠たかったのだろう。すぅすぅと聞こえてくる寝息に和泉守は抓りすぎて赤くなった堀川の頬を撫でた。
「おや、寝てしまったのか」
演練所についてすぐにどこかへと飛び立っていった鶴丸が戻ってくると堀川の姿を見て驚きつつも椅子の空いた場所に座る。
「なぁ、和泉守」
「なんだ」
堀川が起きぬように和泉守はやや声を落として鶴丸に返事をした。相棒の眠りを妨げたくない和泉守に対して鶴丸は気にせず喋り続けた。
「お前、陸奥の本丸に知り合いがいただろう。そう初期刀が歌仙の本丸だ。あそこの本丸の堀川国広だがな、戻ってきたらしい」
鶴丸の言葉に和泉守はつい十日程前の事を思い出す。演練所でやけに顔を暗くした之定がいるので気になって声をかけたのだ。その本丸には和泉守兼定はいなかったが、堀川国広がいたらしい。
いたらしい、というのは歌仙の話によると堀川は万屋の帰り道に姿を突然消してしまったそうだ。不可解な話に和泉守は気の利いた言葉を歌仙にかけてやることはできなかった。ただ、堀川国広は黙ってどこかに消えるような恩知らずではないとだけ言っておいた。堀川国広が消えたなら、それは何か理由があるか、事件に巻き込まれたかどちらかだと。
「なんでもある雨の日に堀川が本丸の前に立っていたのだと。ずぶ濡れの姿でな。本人も一体何が起きたのかわからず目をぱちくりさせてたそうだ。まぁ何はともあれ無事に戻ってきて良かった良かった」
笑って話す鶴丸に和泉守はそうか、と返した。ここのところ、どこかの本丸で堀川国広が消えたという話をちらほら聞いていた。反対側で青江と楽しそうに話している堀川は演練所でよく見る堀川国広で、彼が行方不明になったという話は聞かない。あくまでも時折耳にする程度の話なのだ。むしろ昨今の時間遡行軍との戦いで折れたという話を聞く方が多い。
「御手杵とも話したが、あそこはまだ戻ってきていないらしい。ああ、そういえば山伏のとも話をしたな。あそこは堀川はまだ顕現していなかったが、迷い込んだ先の廃墟で堀川を見つけたらしい。とても興味深い話を聞いた。ほら、あそこだ」
鶴丸は和泉守の心情を気にすることなく話し続け、指をさした。その先には山伏が堀川と話をしていた。とても楽しそうに兄弟らしい話をしている。が、どこか堀川の様子が少しおかしい。虚空に何か話しかけてはくすくすと笑っている。
「なんでも、廃止となった本丸で回収し損なった一振りだそうでな。他の者には見えないものが見えることがあるらしい。山伏がぴったりと横についているのは連れて行かれないようにするためなんだとよ」
そう言われてよく見ると山伏の手は堀川の手と繋がれている。確かに仲睦まじい兄弟仲であったが、手が繋がれている理由を考えると手のつなぎ方に少し違和感があるような気がした。
「あとこの前演練相手になったところの本丸。あそこも戻ってきたらしい。加州と大和守の二人がそう喜んで報告に来ていたよ。最近修行に出た厚のとこは帰ってこないらしいから、二振り目の堀川を鍛刀したらしいがまた消えたってさ」
「なんでその話を俺にする?」
淡々と鶴丸が話し続けるのに和泉守は不機嫌そうな声音を隠そうともせずに言った。堀川国広が相棒と自称するように和泉守だって少なからず堀川国広を大事に思っていることは今の二振りの姿を見れば大体は理解できるだろう。大事に思っている相棒の行方知れずになった話を聞かされ、平常心を保てるかと聞かれれば否である。ただでさえ、演練が控えているというのに。
怒っていると和泉守の意思表示に鶴丸は肩を竦めておどけて笑ってみせた。元より悪意があって言っていないことはわかっている。しかし、和泉守が不機嫌になるとわかっていているはずなのにぺらぺらと喋られるのは不快であった。
「興味があるのさ」
「何に」
「一体何が堀川国広を呼ぶんだろう」
鶴丸はそう言ってすやすやと眠る堀川国広に目を落とした。これは世話焼きで面倒見の良い刀だ。そして目的の為なら邪道に手に染める事も辞さない、ある意味では真っ直ぐで純粋な刀剣である。そんな彼を一体誰が連れて行く?何が呼ぶ?
「さぁね。俺には皆目見当もつかねぇよ」
「本当に?」
鶴丸はじっと和泉守を見つめた。堀川国広に一番近いのは和泉守兼定だ。彼自身自覚していないなにかを和泉守が知っているという事もある。疑るような視線に和泉守は手を振った。本当に何も知らないのだ。その演技を鶴丸はひとまず信じたようだ。
長椅子から立ち上がる鶴丸に和泉守は声をかける。もうそろそろ隊長が戻ってくる頃合いだぞと言えば近くを散歩するから問題ないと言って、手をひらひらさせてどこかへと歩いて行く。長年生き続けている刀剣は揃いも揃って行動が自由だ。生きている時間が長いとああなるもんかねぇ、と既に人並みに消えて見えなくなってしまった鶴丸が消えた方向をじっと見つめていると、膝の上でくぐもった声が聞こえた。
「……うぅ……かねさん?」
「おう、起きたか」
「うん……あ、演練は?まだ始まってないよね?」
「始まってねぇよ。寝てたのもほんの十数分だけだ」
まだ眠たげな眼を擦る堀川の手を掴み、やめとけと言う。和泉守にはさんざんそう言うくせに自分の扱いはやたら適当な相棒にため息を吐く。
堀川はそんな和泉守の手を退けるとふと立ち上がる。
「国広?」
きょろきょろと辺りを見回すと、明るい演練所の中でも少しだけ薄暗い路地の方を見るとそちらへ一歩進む。名前を呼ぶ和泉守の声が聞こえていなかったのか、今度はさらに大きな声で名前を呼んだ。
「国広」
「あ、兼さんごめん」
今度の声には堀川はちゃんと振り返る。だが和泉守に近寄る事はなく、注意はあの薄暗い路地へと向いている。あそこに何がいるのか。鶴丸の言葉を思い出して、馬鹿げた話だと頭を振った。
「どうした?」
「えっと、なんか声が聞こえて」
「声ェ?」
演練の待合所だ。人はたくさんいるし、今だってあちらこちらで話し声が聞こえる。そんなたくさんの声にあふれている中で一つの声が気になったのだと堀川が言うのに和泉守は仏頂面になった。どうも面白くない。
和泉守は堀川と揃い立って、声が聞こえたという路地に近付いた。その一角だけやたらと薄暗いのはなぜか。確かに家屋と家屋の間に挟まれているから陽の明かりが届かないのだろう。不気味な薄暗さだ。完全に明かりがないというわけではないから、その路地の突き当りが見える。空の木箱が重なって、普段人の通らない場所だから整理もされておらず雑草がそこだけ異様に長く生えていた。
「誰かいるの?」
堀川が路地に片足を入れて、小さく聞いた。和泉守も集中して路地の奥に耳を澄ませてみたが、何の声も聞こえてこなかった。ただこつんと小さな石が跳ねた。和泉守は堀川と視線を交わし、一歩だけ路地へと踏み入れた。
ぼそぼそと小さな声が聞こえてくる。苦シイ苦シイ。言葉を覚えたばかりの子どものようなカタコトでそう呟いている。一歩さらに踏み込むとさらにその声が大きく聞こえる。誰かいる。この薄暗い路地に。空き箱が重なる影に。雑草のその隙間に。路地から絶え間なく声が聞こえていた。
和泉守よりも先にいこうとする堀川を手で制し、背中へと隠す。これは良くないものだと和泉守は思った。けれど同時に放っておけないとも思った。
その声は堀川国広のものだ。
後ろに隠した相棒のものではない。和泉守の知らない堀川国広の声だ。
「おい、てめぇ一体何がしたいんだよ」
和泉守がそう言った途端、ぼそぼそと聞こえていた声が静まり返った。苦シイ苦シイと散々呟いて誘うくせに相棒である和泉守にそれを話せないのか。また一つ足を進めると袖を引かれる。
「ァんだよ国広」
苦シイ、という声がすぐ後ろから聞こえてくる。ばっと後ろを振り向けば、いつもの明るい浅黄の色が暗い陰を落としている。腹を見ると何故か己の脇腹に本体である脇差を突き刺している。血がぽたと落ちた。
脇差を持つ腕を引き、身体を引き寄せると持ち上げる。難なく持ち上がった身体と未だに刀身が突き刺さったままの脇腹をそのままに鶴丸の名前を呼ぶ。周囲にいた刀達もなんだなんだと和泉守と堀川を見ると、焦って医療に心得のある者を呼ぼうとする。その人波をかき分けて鶴丸がやってくると堀川の状態を見てすぐに踵を返した。
主に連絡をしに行く鶴丸の後ろ姿を見ながら、ひとまずここにと他本丸の薬研の指示に従って長椅子の上に堀川を横たわりにさせる。青白い顔の堀川の手を握り、手際よく怪我を処置していく姿を眺める。幸運な事にここは演練の待合所だ。多少の無茶をしてもすぐに手入れができる環境は整っている。
血にまみれた堀川と和泉守を見て、心配そうに眺める一振りに近付く影があったがそれは手を握るもう一振りが空いた手でぱしりと追い払った。人の波間からどいてくれと叫ぶような声が聞こえた。主が来たのであればきっともう大丈夫だろう。
「国広、出番が来るまで寝てていいぞ」
「兼さん、でも」
「んなザマじゃあいざって時に動けねぇだろ。ほら」
椅子に座ってその頭を和泉守の膝に乗せてやると堀川はあっさりと目を閉じた。余程眠たかったのだろう。すぅすぅと聞こえてくる寝息に和泉守は抓りすぎて赤くなった堀川の頬を撫でた。
「おや、寝てしまったのか」
演練所についてすぐにどこかへと飛び立っていった鶴丸が戻ってくると堀川の姿を見て驚きつつも椅子の空いた場所に座る。
「なぁ、和泉守」
「なんだ」
堀川が起きぬように和泉守はやや声を落として鶴丸に返事をした。相棒の眠りを妨げたくない和泉守に対して鶴丸は気にせず喋り続けた。
「お前、陸奥の本丸に知り合いがいただろう。そう初期刀が歌仙の本丸だ。あそこの本丸の堀川国広だがな、戻ってきたらしい」
鶴丸の言葉に和泉守はつい十日程前の事を思い出す。演練所でやけに顔を暗くした之定がいるので気になって声をかけたのだ。その本丸には和泉守兼定はいなかったが、堀川国広がいたらしい。
いたらしい、というのは歌仙の話によると堀川は万屋の帰り道に姿を突然消してしまったそうだ。不可解な話に和泉守は気の利いた言葉を歌仙にかけてやることはできなかった。ただ、堀川国広は黙ってどこかに消えるような恩知らずではないとだけ言っておいた。堀川国広が消えたなら、それは何か理由があるか、事件に巻き込まれたかどちらかだと。
「なんでもある雨の日に堀川が本丸の前に立っていたのだと。ずぶ濡れの姿でな。本人も一体何が起きたのかわからず目をぱちくりさせてたそうだ。まぁ何はともあれ無事に戻ってきて良かった良かった」
笑って話す鶴丸に和泉守はそうか、と返した。ここのところ、どこかの本丸で堀川国広が消えたという話をちらほら聞いていた。反対側で青江と楽しそうに話している堀川は演練所でよく見る堀川国広で、彼が行方不明になったという話は聞かない。あくまでも時折耳にする程度の話なのだ。むしろ昨今の時間遡行軍との戦いで折れたという話を聞く方が多い。
「御手杵とも話したが、あそこはまだ戻ってきていないらしい。ああ、そういえば山伏のとも話をしたな。あそこは堀川はまだ顕現していなかったが、迷い込んだ先の廃墟で堀川を見つけたらしい。とても興味深い話を聞いた。ほら、あそこだ」
鶴丸は和泉守の心情を気にすることなく話し続け、指をさした。その先には山伏が堀川と話をしていた。とても楽しそうに兄弟らしい話をしている。が、どこか堀川の様子が少しおかしい。虚空に何か話しかけてはくすくすと笑っている。
「なんでも、廃止となった本丸で回収し損なった一振りだそうでな。他の者には見えないものが見えることがあるらしい。山伏がぴったりと横についているのは連れて行かれないようにするためなんだとよ」
そう言われてよく見ると山伏の手は堀川の手と繋がれている。確かに仲睦まじい兄弟仲であったが、手が繋がれている理由を考えると手のつなぎ方に少し違和感があるような気がした。
「あとこの前演練相手になったところの本丸。あそこも戻ってきたらしい。加州と大和守の二人がそう喜んで報告に来ていたよ。最近修行に出た厚のとこは帰ってこないらしいから、二振り目の堀川を鍛刀したらしいがまた消えたってさ」
「なんでその話を俺にする?」
淡々と鶴丸が話し続けるのに和泉守は不機嫌そうな声音を隠そうともせずに言った。堀川国広が相棒と自称するように和泉守だって少なからず堀川国広を大事に思っていることは今の二振りの姿を見れば大体は理解できるだろう。大事に思っている相棒の行方知れずになった話を聞かされ、平常心を保てるかと聞かれれば否である。ただでさえ、演練が控えているというのに。
怒っていると和泉守の意思表示に鶴丸は肩を竦めておどけて笑ってみせた。元より悪意があって言っていないことはわかっている。しかし、和泉守が不機嫌になるとわかっていているはずなのにぺらぺらと喋られるのは不快であった。
「興味があるのさ」
「何に」
「一体何が堀川国広を呼ぶんだろう」
鶴丸はそう言ってすやすやと眠る堀川国広に目を落とした。これは世話焼きで面倒見の良い刀だ。そして目的の為なら邪道に手に染める事も辞さない、ある意味では真っ直ぐで純粋な刀剣である。そんな彼を一体誰が連れて行く?何が呼ぶ?
「さぁね。俺には皆目見当もつかねぇよ」
「本当に?」
鶴丸はじっと和泉守を見つめた。堀川国広に一番近いのは和泉守兼定だ。彼自身自覚していないなにかを和泉守が知っているという事もある。疑るような視線に和泉守は手を振った。本当に何も知らないのだ。その演技を鶴丸はひとまず信じたようだ。
長椅子から立ち上がる鶴丸に和泉守は声をかける。もうそろそろ隊長が戻ってくる頃合いだぞと言えば近くを散歩するから問題ないと言って、手をひらひらさせてどこかへと歩いて行く。長年生き続けている刀剣は揃いも揃って行動が自由だ。生きている時間が長いとああなるもんかねぇ、と既に人並みに消えて見えなくなってしまった鶴丸が消えた方向をじっと見つめていると、膝の上でくぐもった声が聞こえた。
「……うぅ……かねさん?」
「おう、起きたか」
「うん……あ、演練は?まだ始まってないよね?」
「始まってねぇよ。寝てたのもほんの十数分だけだ」
まだ眠たげな眼を擦る堀川の手を掴み、やめとけと言う。和泉守にはさんざんそう言うくせに自分の扱いはやたら適当な相棒にため息を吐く。
堀川はそんな和泉守の手を退けるとふと立ち上がる。
「国広?」
きょろきょろと辺りを見回すと、明るい演練所の中でも少しだけ薄暗い路地の方を見るとそちらへ一歩進む。名前を呼ぶ和泉守の声が聞こえていなかったのか、今度はさらに大きな声で名前を呼んだ。
「国広」
「あ、兼さんごめん」
今度の声には堀川はちゃんと振り返る。だが和泉守に近寄る事はなく、注意はあの薄暗い路地へと向いている。あそこに何がいるのか。鶴丸の言葉を思い出して、馬鹿げた話だと頭を振った。
「どうした?」
「えっと、なんか声が聞こえて」
「声ェ?」
演練の待合所だ。人はたくさんいるし、今だってあちらこちらで話し声が聞こえる。そんなたくさんの声にあふれている中で一つの声が気になったのだと堀川が言うのに和泉守は仏頂面になった。どうも面白くない。
和泉守は堀川と揃い立って、声が聞こえたという路地に近付いた。その一角だけやたらと薄暗いのはなぜか。確かに家屋と家屋の間に挟まれているから陽の明かりが届かないのだろう。不気味な薄暗さだ。完全に明かりがないというわけではないから、その路地の突き当りが見える。空の木箱が重なって、普段人の通らない場所だから整理もされておらず雑草がそこだけ異様に長く生えていた。
「誰かいるの?」
堀川が路地に片足を入れて、小さく聞いた。和泉守も集中して路地の奥に耳を澄ませてみたが、何の声も聞こえてこなかった。ただこつんと小さな石が跳ねた。和泉守は堀川と視線を交わし、一歩だけ路地へと踏み入れた。
ぼそぼそと小さな声が聞こえてくる。苦シイ苦シイ。言葉を覚えたばかりの子どものようなカタコトでそう呟いている。一歩さらに踏み込むとさらにその声が大きく聞こえる。誰かいる。この薄暗い路地に。空き箱が重なる影に。雑草のその隙間に。路地から絶え間なく声が聞こえていた。
和泉守よりも先にいこうとする堀川を手で制し、背中へと隠す。これは良くないものだと和泉守は思った。けれど同時に放っておけないとも思った。
その声は堀川国広のものだ。
後ろに隠した相棒のものではない。和泉守の知らない堀川国広の声だ。
「おい、てめぇ一体何がしたいんだよ」
和泉守がそう言った途端、ぼそぼそと聞こえていた声が静まり返った。苦シイ苦シイと散々呟いて誘うくせに相棒である和泉守にそれを話せないのか。また一つ足を進めると袖を引かれる。
「ァんだよ国広」
苦シイ、という声がすぐ後ろから聞こえてくる。ばっと後ろを振り向けば、いつもの明るい浅黄の色が暗い陰を落としている。腹を見ると何故か己の脇腹に本体である脇差を突き刺している。血がぽたと落ちた。
脇差を持つ腕を引き、身体を引き寄せると持ち上げる。難なく持ち上がった身体と未だに刀身が突き刺さったままの脇腹をそのままに鶴丸の名前を呼ぶ。周囲にいた刀達もなんだなんだと和泉守と堀川を見ると、焦って医療に心得のある者を呼ぼうとする。その人波をかき分けて鶴丸がやってくると堀川の状態を見てすぐに踵を返した。
主に連絡をしに行く鶴丸の後ろ姿を見ながら、ひとまずここにと他本丸の薬研の指示に従って長椅子の上に堀川を横たわりにさせる。青白い顔の堀川の手を握り、手際よく怪我を処置していく姿を眺める。幸運な事にここは演練の待合所だ。多少の無茶をしてもすぐに手入れができる環境は整っている。
血にまみれた堀川と和泉守を見て、心配そうに眺める一振りに近付く影があったがそれは手を握るもう一振りが空いた手でぱしりと追い払った。人の波間からどいてくれと叫ぶような声が聞こえた。主が来たのであればきっともう大丈夫だろう。