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ラプラスの水槽

 演練の出番を待つ刀や終わった刀が待合所でごった返しになる中、青江は堀川と共に一緒に長椅子に腰かけて座って待っていた。演練が終わったことを主に伝えるため、隊長を務めていた陸奥守が一時的に席を外しているのだ。他の部隊の面々はそれぞれ適当にどこかへと散らばってしまった。演練の待合所はそれなりに広いが店や行ける場所などは限られている。
 そんな中、青江と堀川は待合所の中で何もなく等間隔に置かれた休憩用兼待機用の長椅子に二振り仲良く座っていた。
 青江と堀川はほぼ同時期に顕現し、刀種も同じ脇差だけあって仲が良かった。本丸で作ってきたんだと堀川の手製の団子を青江は堀川と共に頬張っているとちらりちらりと視線が時々向けられるのに気づいた。
「大人気だねぇ」
「え?僕?」
 青江の言葉に堀川が首を傾げる。待合所で団子を食べるなんてって思われてるのかと思ったと堀川はそう言いながらも食べる手を止めないのに青江は苦笑いをした。闇討ち暗殺お手の物、という割には殺意以外の視線には疎いこの脇差は他の同じ名の者と比べたら大分能天気なのだろう。
「隣、座ってもいいかな?」
 ちらちらと視線を受ける中、一体誰が声をかけてくるだろうかと思案していた所にやってきたのは歌仙兼定であった。もちろん、うちの本丸の歌仙兼定ではない。
 どうぞと堀川が席を少し横にずらすと歌仙は座った。さすがに他の人が横に座る中で団子を食べれるほど神経は図太くないらしく、堀川の手が止まる。他にも空いてる長椅子がある中、わざわざ青江と堀川の座る席にやってきたのだ。何か話でもあるのだろう。
「すまないね。うちにいた堀川国広とよく似ていたから」
 青江の予想通り、歌仙は二人が団子を食べるのをやめたのを見て話し始めた。過去形の言葉に堀川も青江も首を傾げる。折れでもしたのだろうかと二人は考えた。時間遡行軍との戦いで刀が折れてしまったという話は演練の場では存外よく聞く話だ。目を潤ませた者が時々他の本丸の刀を見つめている姿を時々見る。けれど、歌仙の視線はどこか違うように見えた。
「ああ、別に彼は折れてないよ。どこかへ行ってしまったんだ」
「えっと……」
 行方不明になったと言われて堀川はどう声をかければいいのかわからず言い淀んでいた。青江はふむと腕を組んで考えこむ。どこかの本丸では時間遡行軍側に寝返った刀もいると聞いたことがある。特に新選組の刀は前の主にやや傾倒気味のところがある。しかし、続けられた歌仙の話は青江の想像したものではなかった。
「万屋の帰り道に一瞬だけ目を離したんだ。その隙にいなくなってた」
「はぁ……」
 歌仙は堀川との思い出を語った。その本丸では歌仙が初期刀で堀川は早めに顕現された脇差だったらしい。二人で料理や家事をよく一緒にこなし、戦場にも何度も行ったと話した。聞けば聞くほどその堀川は時間遡行軍に寝返りそうな要素などなく、ここにいる堀川と同じく今の主と共に戦う友を大事にしているように思えた。
「なんで堀川は消えてしまったんだろう」
 つまるところ、歌仙にとっての謎はそれであった。聞かれた堀川はうーんと悩んでいた。悩みごとがあるのであれば同じ堀川に訊けば何かわかるかもしれないと思ったのだろう。
「……申し訳ないですけど、わかんないです」
「そうか、すまないね。変な話をしてしまって」
「いえ、そちらの僕の話が聞けて楽しかったです。多分、そちらの僕は歌仙さんのことすごい尊敬していたと思いますよ。何と言っても之定ですからね」
 前の主が之定の刀を欲しがっていたのをよく覚えていたから、堀川にとっても尊敬する刀だ。歌仙はありがとうと優しく微笑むと立ち上がった。去り行く歌仙の背に堀川があっと一言零す。
「もしかしたら、あれかもしれないね」
「あれかい?」
 青江の言葉に堀川は頷いた。立ち去ろうとしていた歌仙が振り返る。堀川は立ち去ろうとしていた歌仙にこれは僕の話なんですけど、と一つ前置きしてから話し出した。
「最近ですね、変な声がするんです。それは大体朝とか夜とか……人の少ない時かな。それに気づくのは。最初は誰かいるのかな?って思って周りを確認するんですけど、誰もいないんです。くぐもった声で、寂しい寂しいって言ってくるんです。
 最初は声だけだったんですけど、最近は何ていうか誰かに見られてるような気がするんですよね。まぁ、その視線がする方を見ても誰もいないので今は無視するようにしてますけど。一人でいる時とかはどうも気になって仕方がなくて。
 本丸では一人部屋を貰ってたんですけどそういう事情があって今はほとんど青江くんの部屋でお世話になってます。青江くんならこんな話をしても聞いてくれるんじゃないかなって」
「ふふ、君が夜に押しかけてきた時はびっくりしたよ」
「ごめんね、あの時はもう無理!って思ってなりふり構ってられなかったからさ……。
 なんていうのかな。あの声に返事をしてしまったら、どうなるんだろう?もしあの声の持ち主を見てしまったら?そう考えたら怖くて仕方がなくなったんだよね。周りには何にも、誰もいないのに」
 堀川は恥ずかしさからか最後辺りは早口になっていた。歌仙は無言でそれを聞いていた。気が付けば周りがやけに静まり返っているような気がして青江は首を傾げた。こちらに視線を向けていた者が立ち止まっている。
「歌仙さんの話を聞いてたら、そこの僕ももしかしたら声を聞いてて、連れてかれちゃったのかなって思ったんです」
 夢みたいな話ですみませんと堀川は申し訳なさそうに続けた。青江は堀川のポケットにしまってあるお守りを出すと、それを歌仙に見せるようにひらひらとそれを揺らした。
「あまりにも堀川くんが怖がるから、作ってもらったんだ。
 君ももし怖くなったら作って貰うといい」
「……そうだね。もし堀川が戻ってきたら持たせるようにするよ」
「それはいいね。これは身代わりになってくれるから」
 肌身離さず持っていれば力のある御守りであれば身代わりになってくれるだろう。堀川は知らないだろうが、青江は毎日このお守りを堀川が持っているか確認している。なくなっていれば落としていたよとさも本当の事のように嘘を吐いて新しいお守りを渡す。残念なことに失くした御守りは一度も見つかったことがない。
 青江に歌仙は感謝するように礼をすると今度こそ去って行った。周りの人々も歌仙が立ち去ったのに合わせていつもの様子に戻る。堀川は青江のお守りを手に取るといつものポケットの中に仕舞う。能天気ではあるが、几帳面な性格だ。失くす、という事はほぼあり得ないと思っている。
「歌仙さんのところの僕、帰ってくるといいね」
「そうだねぇ」
 青江と堀川は呑気に団子を食べるのを再開し、陸奥守が戻ってくるのを待った。

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