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ラプラスの水槽

 その日、厚藤四郎は畑当番をしていた。鯰尾藤四郎と一緒に暑い中泥だらけになりながら雑草と言う雑草を根こそぎ刈り取った。こんもりできた雑草の山をいざどこへ捨てようかと考えていると、こつんとどこからか石が落ちてきた。厚がそれを拾うと、またもやこつんと石が落ちてくる。
「厚、なにそれ?」
「わかんねぇ」
 鯰尾に訊かれたが厚にもわからない。ただ厚が石を拾うとまた小石が投げられる。どこから投げられるのかはわからない。いや、恐らく木の上から何かがこちらに投げてくるのだろうが、そちらを見ても何もいないのだ。不思議に思いつつも鯰尾に草の山を片付けようと声をかけられれば、雑草を片付けるのを優先していつの間にか小石のことを忘れてしまった。
 回り回ってまた畑当番がやってきた。今度の当番の相手は堀川国広だ。兄である鯰尾や骨喰とも仲良く、何度か内番を手伝ってもらったこともある。始まる前によろしくと簡単に挨拶して今日も今日とて雑草狩りを始めた。
 夏の間は草木が成長するのが早い。それは雑草にも当てはまることで、一体いつの間にこんなに生えたのかと文句を言いながらも雑草を根っこごと引っこ抜く。そうして1時間ほど格闘しているとあれ?と反対側で声が上がった。
「どうした?」
「厚くん、なんか石が」
 そう呟いた堀川の手にいつかの時と同じように小石が握られている。またどこかにいるのかと周囲を見渡すとこつんとまたどこかからか小石が投げられた。
「わ、なに?」
 こつん、こつん、こつんと拾ってもないのに石が並べられる。厚も堀川も黙って投げられる小石を見続ける。それは道のように二人を誘うように並べられた。厚と堀川は顔を見合わせた。
 どうしよう?どうする?二人のどちらとも表情が困惑していた。どう考えても意図的に石は投げこまれているようだし、普段楽観的な厚もこの時ばかりは嫌な予感がした。
 こつん、こつんと二人が悩んでいる間にも小石は投げ込まれ続いている。だが、その音がやがて止まる。二人がほっと胸をなでおろしたのも一瞬。小石でできた道の先から何か足音が聞こえてきたのだ。恐る恐る二人は小石が並ぶ方を見た。何も見えはしない。ただ足音だけが聞こえる。
 最初はひたひたと。段々とその足音の感覚が短くなっていく。歩くような速さから走るような速度に代わって、二人とも怖れを抱きながらもそこから動けなかった。否、動こうと思っても動けなかったのだ。足が影に縫い付けられたように動かせなかった。
 おーいと声が聞こえてくる。男のような女のような。よくわからない声だ。それは抑揚を変えてずっと話しかけてくる。おーい、と遠くにいるような、誰かが近くで話しかけてくるような声が段々と低くなっていく。怒っている。厚はそう感じた。
 逃げたいと思ったが足が動かない。堀川と一緒に手を繋ぎ小石が続く道を見る。おーいと呼ぶ声はもうすぐそこまで来ていた。走るような足音に地の底を這うような恐ろしいおーいという声に厚は目を瞑った。恐らく堀川も目を瞑っていたと思う。
 目を瞑ったまま誰か助けてくれと願った。おーいと耳元で声がしたと思ったその瞬間、背をどんっと強く叩かれる。ぎゃあとみっともなく叫ぶと、聞きなれた声が上から降ってきた。
「どうしたの?」
 恐る恐る目を開けると鯰尾が驚いたように目を丸くさせていた。はっと息を吐いた。いつの間にか呼吸を止めていたらしい。厚はいつもの見慣れた鯰尾に安堵の息を漏らし、隣の堀川を見上げようとした。
「あれ?」
「どうしたの?」
「堀川がいない」
 ついさっき目を閉じるまで隣にいたはずの堀川がいなかった。鯰尾も厚の声に周りを見渡すが近くには人っ子一人いそうな気配はない。厚が地面を見ると小石もいつの間にかなくなっていた。
「本当に堀川くんいたの?」
「鯰尾兄、見てないのか?」
 首を傾ける鯰尾に厚が焦ったように聞けば頷かれた。そんな、まさかと思いつつも厚は鯰尾に訊いた。先ほど自分の背を叩いたのは鯰尾か?と。答えは否であった。
 きっと消えてしまった堀川国広は厚を助けるために背を叩いたのだ。そしてあのおーいと呼ぶ声に連れ去られてしまったのだ。連れ去られてしまった彼はまだ、戻ってこない。

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