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ラプラスの水槽

 銃も砲も憎かった。あれさえなければ主は死ななかったのにと思う。
 何度目かの函館遠征を経て、毎度憎むようにそれらを見つめた。主が死ぬ瞬間を何度も幾度も見届けて、募るのはそれだけだった。仲間の一人が名を呼ぶのに手をあげて応え、すべてが終わった戦場を後にする。
 募る悔しさに唇を噛む。噛む力が強すぎてどこかを切ってしまったのか口の中で鉄の味がした。今の主に不満はなかったけれども、どうしても前の主のことが忘れられなかった。この名前は彼が呼んだからあるのであって、ならば自分は彼の物ではないかとその想いがじりじりと胸を焦がした。
 今の主の言う歴史を変えないため、というのは引いては前の主の意思を守るためにもつながる。それはわかっていたけれど、もし。もし、前の主と会って彼が自分を欲してくれるのであれば。
 淡い願いと期待を抱いて、最後に一度振り返る。
「あ……」
 海に誰かが立っている。その姿を見て、走り出していた。名前を呼ぶ仲間の声を置いて、一心不乱に海に立つその人の元へ。彼もこちらを見ている。手を差し出してくれている。嬉しさに目から涙があふれる。彼の背に大きな波が立っているのも気にせず、その手を取る。
 一瞬、相棒の声が聞こえたような気がしたが、そんなことあるはずない。彼は今この場から遠く離れた場所へと行っているはずだ。
 大きな波が彼ごと身体を押し流し、どこかへと連れて行く。波に押されて、引っ張られて、けれどその手は離さない。最期までこの人と共に在ると決めたのだ。
 かえろう。一緒に。
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