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ラプラスの水槽

 山姥切には兄弟が二振いる。
 いや、実際打たれた刀の数を考えればもっといるのだろうが、この本丸に顕現している兄弟は二振であった。名を山伏国広と堀川国広という。
 山姥切は山伏とは面識があったが、堀川国広とは見たことがなかった。山伏もそれは同じようで、初めてみる兄弟に二人してどう接すればいいのか悩んだ。彼も彼で自分が本当に堀川物であるか不明なため、どう接すれば良いのか悩んでいたようだ。
 それでも三振は少しずつ歩み寄って行った。この本丸で出会えたのも何かの縁だ。写しだ、真贋がわからぬと言えどその名を持つ者達の集まりだ。
 堀川は兄弟に憧れていた。
 山姥切も山伏も身内と呼べる者が増えるのは大歓迎であった。山伏が兄弟と呼ぶと堀川も嬉しそうに山伏を兄弟と呼ぶようになった。山姥切も堀川を兄弟と呼ぶと同じように兄弟と返してくれた。
 山伏は身体が大きく何かと笑って済まそうとする大胆なところがあるのに対して、堀川は小柄で色々な事に気がついては誰かしらの世話をしていた。どちらも優しくて山姥切の自慢の兄弟であった。
 その兄弟の一人が今山姥切の身体にしっかりとしがみついている。
 暑い夏の夜のことだった。誰かが怪談話をしようと言い出したのだ。それに喜んだのは少しの短刀と脇差と打刀だ。和泉守兼定もその中の一人だ。相棒である和泉守が参加するのであればと堀川は震える手を隠して参加するのに山姥切と山伏は心配してついてきたのだ。
 彼が怖い話が苦手なのは馴染の刀達には既に知れているようで事ある毎に驚かそうとするのを庇えばいつの間にか堀川は山姥切と山伏にしっかりしがみつくようになっていた。それを見てさらに馴染の打刀が囃し立てたが、さすがに相棒はやりすぎだと思ったのか悪かったと素直に謝った。だが堀川は相棒の謝罪に何も言わずに山姥切にしがみついていた。
「いい加減機嫌直せって」
「兄弟、和泉守が謝っているぞ」
 山姥切が堀川を引きはがそうとするがいやいやと堀川は頭を振って離れなかった。普段しっかりしてる姿しか見ていないからこんな姿を見るのは初めてでどうしたらわからず山姥切は途方に暮れてしまった。
「ふふふ、そのままにしておいてあげたら」
 横からそう言ってきたのはにっかり青江だ。怪談話をすることに良い顔をしなかった彼だが、いつの間にか部屋の中にいたらしい。堀川の背をぽんと叩く。
「視えるんだろう、君も」
 青江はそう言って堀川の背を優しく叩くとびくりと肩が跳ねた。
「怪談話をしてるとね、そういうのが寄ってくるんだよ。彼らは自分の話を、見てくれる者を、声を聞いてくれる者を探してるんだ。何故って?そりゃあ彼らはあやかりたいんだよ」
 何を?と訊く山姥切に青江は笑みを深くしたが何も言わなかった。その代わりぱんと手を叩くと今日の怪談話はこれで終わりと締め切った。青江の言葉に皆文句を言いながらも誰かがあくびをすると感染したかのように皆それぞれあくびを噛みしめるようにして部屋に戻って行った。
 和泉守も皆に倣い、部屋に戻ろうと堀川の手を取って山姥切を引き剥がした。山姥切から離れた堀川が怯えるような表情をしたのを見て、山姥切は無意識に和泉守の手から堀川を取り返していた。それに驚いた表情をしたのは和泉守だけでなく山姥切もだ。
「ったく、悪いけど今日はそっちで国広を預かってもらっていいか?」
「ああ……兄弟はこっちで休ませる」
「おう」
 心配そうに和泉守は堀川を一度だけ見て、部屋を出ていく。残されたのは山姥切と山伏と堀川だ。堀川は相変わらず山姥切から離れようとしなかったが山伏が優しく話しかければおずおずとその手を離した。そしてその身体を山伏は抱き上げて部屋に戻る。
「あのね、兄弟」
 堀川は山伏に抱き上げられたまま話始めた。怪談が始まった時から黒い影が部屋に集まりだしたのだと。それらはゆらゆらと皆の話を楽しそうに聞いてるように見えたと。次に彼らは話に合わせて片言の言葉を話し始めたと。
 怖イネェ。寂シイネェ。苦シイネェ。羨マシイネェ。欲シイネェ。
 言葉が聞こえる度に堀川は怖くなった。彼らがこちらを見てくるような気がしたと。
「大丈夫だ、兄弟」
 山伏が心配するなと堀川を元気づけるのに合わせて山姥切も頷いた。
「不安なら、手を繋いでもいいぞ」
「ほんとう?」
「ああ」
 伸ばされた手を握ると嬉しそうに堀川が笑う。こうしていると見た目相応の少年のようだ。山姥切も山伏もこの小さな兄弟はしっかりしていて頼もしく思っていたが、こうして不安そうにする姿を見てこの小さな兄弟を守らねばと身を引き締めた。

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