このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

それ以外


 恋をしている。
 いつものように洗った服を籠にいっぱいにして、中庭へと続く廊下を歩いていた時だった。相棒の楽しそうな声がする方を見ると彼がが楽しそうに審神者と部屋で話していた。見たことのないほどの相棒の優しい眼差しと審神者の朱にほんのり色づいた頬を見て、堀川国広は気づいたのだ。
 落としそうになった籠を持つ手に力を入れて持ち直すと、中庭へと走るようにして逃げた。心臓が急に冷えてしまったような感覚に不思議に思いながら、どさりと籠を木の椅子に置いた。はぁはぁと疲れていないはずなのになぜかうまく呼吸ができなくて蹲る。突然蹲った堀川を見た短刀が心配して近寄ってくるのに大丈夫と顔を上げられないまま、その言葉を繰り返した。
「堀川国広、大丈夫か?」
 大丈夫ではないと判断した短刀の一人が近くにいた長谷部を呼んできたらしい。心配よりも若干苛立ちが勝っている声音に堀川は大丈夫です、と返したが舌打ちをされる。肩を捕まれ、顔を無理やりあげさせられると、長谷部が明らかに動揺した声をあげた。
「な?!な!!」
「あー!はせべがほりかわをなかせましたー!」
 泣かせてないと長谷部が今剣の言葉に反論している間、堀川もようやく頬を濡らす冷たいものに気づく。慌てて服の袖で目元をごしごしと拭うと笑顔を作る。
「すみません、大丈夫です!」
「なみだ、とまってないですよ」
「あ、あれ?おかしいな」
 今剣が言う通り、ちゃんと笑顔を作れているはずなのに頬を伝う冷たいものは収まることがない。おかしいなぁともう一度目元を擦ろうとするとその腕を長谷部に握られる。
「やめろ。擦りすぎると、目が傷つくことがあるそうだ」
「めがきずついたらたいへんです」
「今剣の言う通りだ。
 堀川国広、人は杉などから出る花粉によってアレルギーが出ることがあるらしい。俺達、刀剣男子は人の身を得ている関係かそういう事例があってもおかしくはない、と思う」
「そうなんですか」
 ぽたりぽたりと目から出る涙に困惑する堀川に長谷部はどこからか仕入れてきた情報を話す。そしてとにかく今は安静にしていろと洗濯物の籠を奪うと今剣の協力を得て、洗濯物を干し始めた。
 申し訳なさそうに二人を見ていると、厚がハンカチを出してきた。ありがとうと言ってそれを受け取ると目元に当てる。目から零れる涙はしばらく止まりそうになかった。

「というわけで、花粉症になったみたい」
 加州と清光と堀川と和泉守、新選組で一纏めにされた部屋で堀川は開口一番に加州と大和守にそう説明した。和泉守は近侍で部屋にいない。涙はもう止まったが、目元は未だ赤くひどく泣いたことが一目でわかる状態だ。部屋に戻る道中にもいろんな刀達に心配された。
「へぇ~花粉症。大変そうだね」
「堀川くんが泣いてるなんて珍しいからびっくりしちゃった」
 加州はややあっさりと、大和守は目を丸くさせながらも堀川の顔を見て心配するように言う。
「今は平気なの?」
「うん、平気。ごめんね、心配させて」
 謝る堀川に加州も大和守も気にしてないと返す。前の主からの繋がりで二人とはこの本丸でも気兼ねなく付き合っている。
「でもさぁ、相棒がこんな状態なのに気づかないもんなのかな」
「だよねぇ」
 二人はこの場にいない和泉守に対して文句のようなことを言う。そもそも相棒がこんな状態になってたら慌てて来そうなのに、未だ部屋に戻ってくる様子のない和泉守に二人は口を尖らせた。
「兼さんは今日は近侍じゃないの?」
「あいつが近侍?ないない。そんなの長谷部が許すわけないでしょ」
「そうなの?でも長谷部さん、今日は僕の代わりに洗濯物干してくれてたけど」
「確か今日の近侍は三日月さんだったと思うよ」
 基本的に主の近侍は練度の高い打刀や太刀が行うはずだからと大和守が言う。確かに堀川が記憶している限り、近侍が脇差や短刀に回ってきた記憶はない。いつも太刀か、練度の高い打刀だ。
 大和守と加州も練度はそれなりに高い方だが、近侍を任されている姿を見たことがない。堀川が記憶する主の姿も顕現した時に顔合わせをした時と、廊下から見える部屋から時々みる横顔くらいだ。
「でも、兼さんに見られなくて良かったかも。こんな姿見せたら情けないって言われて怒られちゃうかも」
「和泉守がそんなことで怒ったら、僕が怒るよ」
「そうそう。いつも堀川の世話になっておきながらお前は何様なんだーって」
 三人でくすくすと笑う。冗談のように言ってるようで冗談ではないことはわかってたから、ありがとう、でもやめてねと一言釘をさしておく。二人とも不満そうな表情をしていたが、堀川がお願いだからと言葉を続ければ渋々頷いた。前の主と同じく、仲間思いの二振りなのだ。
 最近は池田屋での時間遡行軍との戦いが続いているが、この二振りは出陣をしていない。二振りは主に出陣の希望を出したが、許可が下りなかったのだ。新選組で許可を許されたのは堀川国広一人のみ。最初は二振りとも不満を表情に出していたが、近頃はもうそれを表に出すことをやめた。諦めか、気持ちを切り替えたのか、そのどちらなのかは堀川には理解できなかったけれど、彼らがそうなったのは主に今仕えるべき主は誰なのかと諭されてからだった。
「……僕もそろそろ兼さん離れしなきゃいけないかな」
「え?」
「ん?」
 ぽつりと堀川が無意識に呟いた言葉を二振りとも見逃さなかった。「それってどういう……」と加州が言おうとした時に部屋の襖が勢いよく開け放たれる。この部屋の最後の主、和泉守兼定が帰ってきたのだ。
「おう、お前らこんなところで揃って何やってんだ」
「兼さん、お帰りなさい。機嫌がいいね。何か良いことあった?」
 開けたままの戸をそのままに和泉守は堀川の言う通り機嫌よく話し始める。今日の天気の良さから始まり、主と散歩に出かけてみた花のこと、嬉しそうに話す和泉守に加州も大和守も少しだけ不思議そうに見る。だが、楽しそうに相槌を打つ堀川に二振りは黙って同じように話を聞き続けた。
 和泉守はその日、結局堀川の赤い目の事に触れることはなかった。
 そしてその日を境に堀川と和泉守は少しずつ距離を置き始めた。加州と大和守は長年彼らを見ていたからすぐに気づいた。表面上は特に変わっていないように見えるが、堀川が和泉守を追う回数が減ったのだ。同時に和泉守がたまに主に近侍を頼まれるようになった。長谷部がしかめっ面を隠そうとせずに毎朝呼びにくるし、忙しさから二人が距離を置き始めたのを他の刀達は気づいていないようだった。
「あ、兼さん」
「わりぃ、今日は遠征があるからよ」
「ううん、いいよ。大丈夫」
 堀川が話をしようと和泉守に話しかけても出陣や遠征、忙しさを理由に和泉守が避ける日々が続いた。堀川はどんなに忙しくても和泉守は聞くのに、と加州は考える。その頬を不細工と大和守に突かれてはもみもみと頬をもんだ。
 気が付けばいつの間にか話しかけるのをやめて寂しそうに微笑むだけになっていた。いつも通りに和泉守の髪を整えて、できたよと声をかけると調子良さそうにおうと和泉守が答える。それが日常になってしまったのを加州も大和守もなんだかなぁと見守った。

 池田屋は夜戦かつ室内ということで出陣は短刀と脇差に限られた。堀川は部隊長として、短刀達と共に何度もすでに池田屋に出陣しているが、なかなか敵本陣にたどり着くことはできなかった。今日もまた、空振りしたことにいら立ちを隠しきれず、足元の小石を蹴飛ばす。
「ほりかわ、いらだつのはよくありませんよ」
「あ、す、すみません」
 今剣に見られていた事に気づいて謝るとわかったらいいんですと微笑まれる。
「ほりかわのきもち、ぼくにもよくわかりますから。
 でも、あとすこしのがまんですよ!まえよりもぼくたちはつよくなってますから」
「そう、ですね」
 堀川が率いている部隊は池田屋にそれこそずっと出陣をしていて、最初の頃はたくさん怪我を負っていた。帰ってきて手入れ部屋に入っては、その夜に出陣するなど少し無理をする形でひたすら手探りで進んでいた。その甲斐があって今は堀川の部隊の他にもう一つ部隊が作られて交互に効率よく池田屋を進められている。
「すこしはじぶんをねぎらってあげてください」
「自分を?」
 今剣は堀川に近付くとその腕に触る。粟田口の短刀の子を庇ってできた傷だ。そこまで深くはないと思っていたけれど、今剣に触られて痛みを覚える。意外と深く傷ついていたようだ。
「ほりかわは、よくがんばっています。
 ぼくはちゃんとみてますよ」
「ありがとうございます。そうですね、もっと自分を労ってみます」
 まずは手入れ部屋に行きますと今剣と話しながら本丸へ帰還する。本丸についた途端に気が抜けたのか、眠そうな表情をする短刀の子達を風呂に入らせてから部屋に送る。今回怪我をしたのは自分だけだからと部屋に届けてから手入れ部屋の方へ行くと山姥切と廊下で鉢合わせをした。
「あ、おはよう兄弟。珍しいね?こんな朝から起きてるなんて……」
 山姥切は和泉守と同じで朝には弱かったはずだと記憶している。おはよう、と山姥切は堀川に挨拶を返すと、それと怪我している腕を指さした。
「怪我したのか」
「ちょっとね。今から手入れ部屋に入って寝ようかなって」
「そうか。その、実はだな」
 山姥切は歯切れ悪そうに、資源が足りていないと言う。主が鍛刀のために残っていた資源をうっかり使ってしまったのだと説明され、そうかと堀川はあっさりと了承する。すまなさそうにする山姥切に別にすぐに手入れをしなくければならないというほどの傷でもないことを堀川は伝えると少しだけほっとした表情を見せた。
「資源が用意できたらすぐに連絡する」
「ほんとう?それじゃあ、その間汚れちゃった服を洗濯しようかな」
「正気か、兄弟」
「あ、えっと」
「兄弟は怪我人だろう。それに夜戦に帰ってきたばかりなのだし、休んでおけ」
 やや強めに休めと言われて堀川も頷くしかなかった。考えてみれば今剣にも自分を労ってやれと言われたばかりだ。洗濯をあきらめて、監視するように睨む山姥切の視線を受けながら部屋へと戻った。
「堀川、お前どこ行ってたんだ?」
 部屋を開けて早々、堀川を出迎えたのは和泉守だ。この本丸には国広は三振りいる。和泉守はそれを主に指摘されてから堀川を国広と呼ぶのではなく堀川と呼ぶようになった。それに少しだけ寂しさを覚えたが、笑顔を作った。もう揃いの大小であった頃とは違うのだから。
「ちょっとね。兼さんは近侍のお仕事?」
「ああ、主に呼ばれてよ」
「そっか。じゃあ身だしなみちゃんとしなくちゃね」
 怪我をした腕を隠しながら鏡の前に座る和泉守の後ろに座り、長く黒い髪に櫛を通す。前と変わらず相棒の姿は強くかっこいい。最近はそれに加えて穏やかな優しさを感じるようになった。一瞬心臓が冷たくなって目が熱くなるが、夜の間ずっと外にいたせいだと思う事にする。気持ちを押し込むようにテキパキと手際よく和泉守を髪の毛を整えると、できたよと言う。おう、とにかり笑う和泉守に堀川も笑顔を返す。
 部屋を出ていく和泉守の背を堀川はいってらっしゃいの声もかけずに見送る。和泉守は気づいているだろうか。話す機会が少しずつ少なくなっていることを。兼さんと呼ぶ回数が少なくなってることを。いや、気づいてはいないだろう。
「堀川、帰ってきたの?」
 もぞりと布団の山が一つ動いたと思うと加州が布団の間から顔だけを外にだした。加州は堀川が夜戦で外に出ていた事を覚えていた。ちらりと堀川の腕に傷があるのを目ざとく見つけると布団から這い出して、包帯などがしまってある棚へと向かう。
「あんま無茶しないでよね」
 消毒して包帯を器用に巻き終わると加州が言うのに堀川は素直にうなずいた。
「うん、今日はちゃんと休むよ」
「本当に?」
「ほんとほんと」
 じゃあ、二度寝しよと散らかした治療箱もそのままに加州が堀川を腕の中に入れて布団の中にくるまる。片付けないと治療箱を見るが、布団の温かさにすぐに瞼が落ちてくる。冷たくなった心臓に他人の体温はとても暖かくて、落ち着いた。

「ねぇ、清光」
 和泉守が近侍の仕事に呼ばれ、堀川が厨の仕事の手伝いに借り出されて部屋に二人しかいない時、大和守は決まって不安そうな顔で加州の名を呼んだ。何が不安なのかなんて言葉に出さなくてもわかってる。けれど、加州もどうしたらいいかわからないのだ。
「僕、和泉守と堀川が離れてくのちょっと嫌だな」
「俺もだよ。でもさ、ただの刀であった時とは違うんだよ」
 それこそ、前はあの二振りは揃いであった。しかし、今は?今仕える主は付喪神を従える長だ。何十もの刀を統べる者の中で揃いで扱われることはない。その結果がこれなのだろう。
「……俺達、池田屋にも出してもらえないじゃん」
「信用されてないよね」
「仕方ないよ。俺達沖田くんのこと好きだもん」
「でも、歴史修正主義者になろうとは思わないよ」
「俺も」
 はぁっと揃ってため息を吐く。そしてこの本丸内で少し囁かれている噂を思い出す。時間遡行軍の動きに政府も新たな本丸の設立を次々と承認しており、すでにある本丸から何振りかを新設の本丸へ譲渡するという話だ。主はその政府の話に則り、うちの本丸から何振りかを譲渡することを承認したと。
「堀川が、この前主に珍しく呼ばれてたよ」
「……やだなぁ」
 加州の考えをすぐに見抜いたようで、大和守がすぐに反応する。堀川が主からどんな話をされ、どう答えるのかなんてわかってしまうのにやだなぁ、と大和守はもう一度呟いた。
「どうする?」
「どうしよ」
 主のいない二つ並んだ座布団を見て考える。片方が欠けるだけでも二人にとっては嫌で仕方がないことだった。どちらか一つ選ぶしかないのであれば、加州と大和守は顔を合わせて考えた。考える時間はそんなにも多くない方がいい。しばらく考えてから、二人は意を決して主の元へ向かった。
 他の本丸へ譲渡することになった刀は全部で八振りだ。
 堀川国広、加州清光、大和守安定、山姥切国広、山伏国広、にっかり青江、今剣、へし切長谷部。
 八振りは主の命によって一部屋に集まるように言われた。加州は山姥切と山伏がいるのに驚いたが二人も加州と大和守がいるのに驚いたようだった。八振りが集まると、主は他の刀達には内緒ですよ、と言って政府からの注意事項を説明し始めた。
「以上ですが、何か質問等はありますか?」
「出発は?」
「今夜になります」
 長谷部の質問に主が即座に応える。加州は長谷部がいるのが少し不思議だった。彼は自分と同じように主が好きな刀だと思っていたから、話を振られたとしても断ると思っていた。だが加州の予想と違って長谷部ははきはきと質問を主に投げかけては、頷いてすでに次の本丸のことについて考えているようだ。
 荷物はすでに主に話をしに行った時から少しずつまとめている。今夜、と言われて急だとは思いつつも、もうほとんどの準備は終えている。長曽祢に最後の挨拶をするくらいだろうか。
 主の説明も終わり、準備のために部屋に戻る道すがらやらなくてはいけないことを考える。
「堀川くん、荷物とかもう準備おわってる?」
「うん。大体は。青江さんは?」
「まだもうちょっとかかりそうなんだよねぇ」
「じゃあ、手伝うよ」
 隣同士に座った脇差は呑気に話している。同時期に顕現した脇差ということでこの二振りはそこそこ仲が良い。他本丸への譲渡の話が決まってから主に最初に呼ばれたのもこの二振りで、二振りともあっさりと主の願いを聞き入れたらしい。
「兄弟も、清光くんも安定くんもごめんね」
 廊下の先を歩く堀川が皆の部屋につく前に振り返った。誰が選ばれたのかは今日主に呼ばれるまで知らなかったのだ。ただ、部屋にいる山姥切や加州を見て何か察したようだ。謝る堀川に気にするなと皆声を揃えて言った。これを選んだのは自分の選択だ。
 そう言うと花粉症らしい堀川の目がまたうるっと潤んだ。

 荷物をすべて纏めると長曽祢に加州と大和守は挨拶に言った。みんなには内緒と言われたが、長曽祢にはきちんと話をしておくべきだろうと二振りで話し合った。途中で青江の手伝いが終わったらしい堀川も連れて、三振りで長曽祢がいる部屋に行く。
 長曽祢は三振りがいるのを見て、すぐに事情を察したようだった。部屋の中に三振りを入れると、周りに誰もいないのを確認してから襖を閉じる。
「長曽祢さん、今までお世話になりました」
 三人で頭を下げる。はぁと長曽祢がため息を吐くのが聞こえて、顔を上げる。
「お前たちもこれから時間遡行軍と戦うのだし、これからもう会えないというわけでもあるまい。今生の別れのように言うのはやめてくれ」
「だとしても、所属は一応違うことになるし。
 それにこの本丸には今後俺ら八振りは顕現しないらしいから」
「ああ、そうか。そうなるか……」
 政府の説明だと譲渡した刀は顕現しなくなるらしい。この本丸との繋がりを断ち切る際にその刀との繋がりと時代とも永遠に失われるのだとか。詳しいことはよくわからなかったが、政府がそう言うならその通りなのだろう。加州達は新しい本丸で長曽祢に会う事はあるかもしれないが、この本丸の長曽祢はそうはいかない。もう会えないのだ。
「長曽祢さん、兼さんのことよろしくお願いします」
「堀川……」
 両手を畳につけ、堀川が深く頭を下げる。長曽祢は加州と大和守に目をやった。和泉守は今日朝から遠征に行っていて、明日の朝にならないと帰って来ない。別れの挨拶は言えなかった。手紙は残したけれど、あの部屋に残された和泉守はどう思うだろうか。歌仙に刀派のよしみで同室にしてもらえるように一応頼んでおいたが。
「しばらくは荒れるかもしれんな」
 加州も大和守も苦笑いを返す。だが、堀川が少しずつ距離を置いていたおかげか和泉守もなんだかんだと一人でやれるようになっていた。どちらにしろずっと一緒に居られる保証などどこにも存在しなかったのだ。
「わかった。わかったよ、和泉守は俺の方でよく見ておく」
 その言葉にようやく堀川が顔を上げる。ありがとうございます、と言う堀川の頭を撫でる。加州と大和守の他に二振りの距離に悩んでいたのは長曽祢だった。加州と大和守は堀川について行くことに決め、長曽祢は残る事に決めた。それは長曽祢にこの本丸に大事なものができたからかもしれないと加州も大和守も思っている。
「もうそろそろ、浦島と蜂須賀が帰ってくるが……」
「それならもう行くよ。主からは内緒って言われてるから。
 長曽祢さん、じゃあね」
 口々に別れの言葉を告げて部屋を出ていく。お前たちもなと長曽祢が呟く声に三振りとも頷いた。心残りはこれでもうない。部屋の中を片付けるととても広く感じた。当然だ。四振りの部屋だったのに、今残っているのは和泉守の荷物だけだ。三振りで書いた手紙を机の真ん中に置いた。
「堀川くん、良かったの?」
 大和守が部屋を出る直前に堀川に訊いた。大和守は堀川は和泉守とずっと一緒だと思っていた。加州と大和守がお互いそうであると信じていたようにこの二振りはずっと一緒だと思っていた。大和守が心のうちのすべてを吐露すると堀川は寂しげに笑った。
「僕もそう思ってたよ。でもね、それじゃ駄目だってわかったんだ」
「何がだめなの?」
「全部」
 堀川は和泉守と一緒にあることを望んだ。けれどそれは停滞と同じ意味なのだ。和泉守は違う。立ち止まらない。前を見て歩くその背を堀川は見送るしかできない。彼と共に、いや横に歩くべき人物はもう自分ではないのだと話した。
 二人の絆が綻びを見せたのは第三者が現れた事がきっかけだったけれど、和泉守の幸せそうな優し気な顔を見てしまえば堀川は引くしかない。
「堀川くん、和泉守にもっと話せば良かったんだよ」
 大和守の言葉にゆるゆると堀川は首を横に振った。離れがたいと惨めにそれを口にだすのは本差しを第一に考える脇差のプライドが許さなかった。元を正せば、変われなかった自分が悪い。
「兼さんの邪魔にはなりたくなかったし、それを考えたら今回の件は渡りに船だよ。
 ほら、それに人の諺にもあるでしょ?僕馬に蹴られたくないもん」
「確かに、蹴られたら痛いもんなぁ」
「目は可愛いのにね」
 三人笑って、長年過ごした部屋を出る。振り返りはしない。
 真夜中に本丸の外に集まった八振りに見送る刀は誰もいない。ただ主が一人外に出ていた。
「皆さま、今までありがとうございました」
 深くお辞儀する主に、加州も大和守も頭を下げた。見捨てられるとは違うが、少しだけそれに似た感覚を抱く。本丸に居て欲しいとこの主は言わないのだ。加州は主に愛されたかったが、この本丸ではそれが叶わなかった。
 八振りは政府の役人に指示されるがまま、主に口々に別れの言葉を告げてから歩き出した。新たに新設された本丸とその主がどんな人なのか。加州も大和守も紙面上の人物に期待はしていなかった。だが、今度は愛されるといいなとそれだけを願っていた。

 結論から言えば、新しい本丸の主は加州の理想ともいえる主であった。近侍の仕事もさせてもらったし、主はよく加州たち刀と共に食事を囲んだ。
 前の主よりも力は弱いと言うが、それでもそんなことが気にならないくらいに加州はこの主が気に入っていた。政府からの任務で主は刀に知らせても問題ないと判断したものに関しては皆を集めては色々と相談したりしたし、作戦も立てたりした。季節の行事も主が覚えているものを教えて貰って、見様見真似でやった。
 主は少しずつ力をつけると鍛刀で刀を増やしていった。前の本丸に居た厚や乱がやってきたが、性格は少し違うようだった。前の本丸にはいなかった岩融がやってくると知り合いが来たと今剣が喜んだ。
「今剣くん嬉しそうだね」
「ほんとにね」
 青江と一緒に畑仕事をするのにも慣れた。前の本丸では同じ遠征隊にも内番にも入らなかったから、話す機会などほとんどなかった。この本丸に来てしばらくは八振りだけだったから話す機会はたくさんあって、いざ話をしてみれば色々とわかる相手だと知った。
「堀川くんは同期だったからね、気にはしてたんだよ」
「そうなんだ」
 堀川が和泉守に恋をしているのは青江から見てもバレバレで、そしてそれが叶わないと知った時、彼がどうなるだろうかと心配していたそうだ。
「そういえば、青江はなんでこっちに来たの?」
「今日はやけに切り込んでくるねぇ……昔の話に。まぁ、隠す話でもないし、君との仲だからね。
 僕が他の本丸に行こうって思ったのはそうだなぁ。主と肌が合わないと思ったからかな」
「合わない?」
「僕と考え方が違うっていうのかな。そんなところだよ。君たちは?」
「俺達もそんな感じ」
 今の主は俺を信じてって言っていえば池田屋にも出陣させてくれた。必ず戻ってこいと言って送り出してくれた。その言葉に従って加州は池田屋を大和守と共に戦って戻ってきた。ボロボロになりながら主にただいまと言う事ができた。それにようやく前に進むことができたと実感することができた。
「いい主に巡り合えて良かったね」
「確かに」
 二人そろって笑う。少なくともここに来た八振りはみんな生き生きとしている。長谷部も主には頼りにされているらしく、前よりも溌溂とした顔で主の後ろに付き従っている。今剣は岩融がきたから言うまでもない。けど、ここに来て一番変わったのはあの二振りではないかと見る。
 厨で楽しそうに談笑しながら昼餉の準備をしている堀川と山姥切の二人。主に喋っているのは堀川の方だが、山姥切は優しい目で真剣にその話を聞いている。あの眼差しは知っている。いつか、和泉守がしていた眼差しだ。
「あれ、青江は知ってたの?」
 にっこりと笑われる。これは知っていたの意味だ。泥のついた軍手のままそのマントを触ろうとすると慌てた様子で後ろへ下がる。
「不可抗力だよ。僕は彼によく相談されていたからね」
 青江曰く、池田屋の夜戦に毎夜駆り出される堀川を心配して山姥切が青江に相談しに来ていたそうだ。夜戦で室内で動くときにはどうしたらいいかと聞く山姥切の表情は鬼気迫る様子で青江は山姥切にコツをいくつか伝授した。
 その話を聞いて加州は妙に納得した。池田屋には堀川、青江、今剣、大和守、加州と山姥切で向かったのだが、山姥切は慣れぬ室内戦だと言うのにそんなことを微塵も感じさせない動きを見せたのだ。
「やけに熱がこもってたからね、彼を見る目には」
 青江はそう言って肩を竦めた。
 山姥切はこの本丸に来てからというもの、積極的に堀川に関わるようになった。それを最初は同じ刀派で遅ればせながら親睦を深めようとしていると勘違いしていたのだ。
 堀川は他人に対して押しが強いが、他の人に押されるのも弱い。
 結果として山姥切の押し勝ちだ。堀川の隣に立つ人物が和泉守でないことに違和感を少し覚えるが、二人とも幸せそうなので良かったと思うことにする。どんなに自分が望んでももう二人が隣に並んで立つ未来はないのだ。
1/2ページ
スキ