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新選組中心CPなし

 乾いた唇をぺろっと舐める。それをやるとかさつくのでやめないといけない事は知っていたが、どうしても、癖でやってしまう。血の匂いに混ざって銃が撃たれる時の独特の匂いがする。それを実際に嗅ぐことはなかったけれど、視界の端で堀川が嫌悪を抱いたように眉を寄せていた。
 あれは幕末の最後まで走り抜けた刀だから、主がそれで死んだのも知っているし、刀に代わり銃や砲に武器が変わっていくその様も見届けていた。その匂いは自分達の時代が終わりであることを示すようでどうも好きになれないと陸奥守に話していたのを覚えている。
 だが、それは当然のことだろう。自分達をただの鈍に死に追いやったものなのだ。堀川に言われれば加州にとってもそれは嫌悪を抱く対象であった。大和守にとってもそれは同じことだ。嫌な匂いがするねと先ほど口にしてその白いマフラーで口元を覆った。
「しかし、敵がこんなにもいるなんてね」
「本当にね。この多さなら政府の人たちが友軍を許可するのもわかるよ」
 加州は血を振り払うように刀を振るとびちゃりとそれが地面に叩きつけられる。大和守も加州と同じようにして、血を振りほどく。本当ならちゃんと手入れをしたいところだが、まだ戦は終わっていない。
 夜目が加州や大和守よりも利く堀川が辺りを見回している。第一部隊が戦場に出た後にすぐに新たな政府命令が出された。友軍を救うため第二部隊の出動命令だ。既に他本丸がこの時代へと駆り出されたが、思わぬ敵の強さに友軍を乞うことになった。本来であれば一つの時代に送られるのは六振りの刀だけである。必要以上の滞在と同じように多すぎる未来からの乱入者は本来正すべき歴史を大きく歪ませかねない。
 けれど、敵の数はそれを勝る多さであったのだ。持久戦よりも量による短期決戦を政府は望んだ。定員三名の第二部隊の派遣を許可したのはそれが理由であった。
 夜戦となれば夜目が効きにくい太刀や大太刀は出陣から外され、連戦の可能性もあるため耐久値の低い短刀は外された。そのため残された打刀、脇差の中でも三人で行動する事に慣れたメンバーが選ばれた。それが加州、大和守、堀川の三振であった。加州と大和守の連携は言うまでもなかったし、それを補助する堀川も和泉守とまではいかなくとも二振りとも相性は良い。
 実際、今まで三連戦ほど敵と戦ったがさして負傷することもなく進むことができた。ただ、尋常ではないほど敵が多い。刀装はまだあるが、心もとない。けれど、三振りともまだ余裕があった。負けるとは露ほどに思っていない。血の香りに酔っているわけでもない。ただ、この三振りがいるのだから負けはあり得はしないのだと信じている。
「国広、敵は?」
「この先に三つくらい気配があるよ。太刀かな」
「太刀かぁ……まぁでも槍よりかはましかな」
 堀川が振りかえり、大和守があーあと不満を口に漏らすが、既に目はぎらぎらと次の獲物を定めているようだ。加州もいつの間にか、堀川のことを昔のように名前で呼んでいた。今の場所では国広は三人いるから滅多には呼ばないのだが。
「んじゃ、まぁ行きますかね。堀川、先陣切って奇襲よろしく~」
「任せて!」
 身軽な脇差がそこら辺の石垣に手をかけるとそこからひょいっと建物の上に登っていく。駆け上る時にほとんど足音がしないのが共に戦う仲間として頼もしい。伊達に闇討ち、暗殺を軽々しく口に言えるだけある。大和守と一緒に物陰に潜み、堀川の合図を待つ。程なくして、弓兵達が一斉に弓を降らす音が聞こえた。恐らく矢と同時に堀川も屋根から時間遡行軍へと斬りかかったのだろう。剣戟がすぐに聞こえる。敵の視線が堀川の方へ向いたその一瞬を加州も大和守も見逃さない。
 物陰に潜んでいた低い姿勢のまま走り、後ろを振り返っている敵の打刀を勢いのまま急所を貫く。大和守が横を走り抜けて、太刀に向かって同じように突きをするが、それは一瞬後ろへ避けられる。それを見越してさらに大和守が一歩前へと踏み出す。今度は深く太刀の身体を捉える。だが、隣から短刀が大和守目掛けてとびかかってくるのを見て、加州は貫いた打刀の背を思いっきり蹴飛ばし短刀にそれをぶつける。
 大和守は短刀の方を見向きもしない。それは加州が処理するとわかっていたのだろう。太刀が振り上げる腕に、深追いをするのをやめて横に避けつつその足を斬りつける。敵の血が跳ねて顔にかかる。攻撃が浅かったのか太刀は怯まずに続けて振り下ろした刀をそのまま横へと薙ぎ払う。これには大和守も後ろに跳ねるようにして下がる。
 大和守の背を守るように堀川が後ろにつく。敵の打刀と短刀の二刀を合わせて相手をしていたらしい堀川は敵の攻撃に合わせて弾くことに集中していた。両方の刀が揃って降り注ぐのに、打刀の攻撃を脇差で弾き、そのまま柄で短刀の顔を横殴りする。ぐしゃりと地面に落ちる短刀の頭を踏みつけ、大和守と位置を交換して飛び出していく。
 加州も蹴飛ばした打刀の背に飛び乗るとそれを確実にとどめを差し、短刀の頭の部分を叩き切ると堀川が太刀の懐に飛び込むのと同時にその背に向かって斬りかかる。太刀が懐に入り込んだ脇差を振り払おうとする。
「させるかよ!おらっ!」
 肩に狙いを定めて突き刺す。そのまま腕の方へと切り裂いていく。これにはさすがの太刀の動きも止まり、堀川の脇差もようやく深くその体を突き刺し、脇腹を割くようにして振りぬく。倒れる太刀に押しつぶされぬようにその場から離れ、残っていたもう一方を見れば打刀の首を切り裂く大和守の姿があった。
 思わず口笛を吹いてしまう。さすが。やるじゃん。大和守もおなじようにこちらを振り向く。
「うわ、血みどろ。きったな」
「それ、お前もだからね」
「あはは。結構汚れちゃったね」
 三振り集まり互いに確認する。その間も周囲の確認だけは怠らない。
「銃砲を持ったやついなかったね」
「うーん……第一部隊の方にいるのかな」
「だろうね。乱戦状態だと銃や砲は使えないと思うけど」
「そんなことないよ。味方もろとも、って考えなら関係なく敵は打ってくると思うよ」
 外道なやり方だけどねと続けた堀川は嫌そうな表情を浮かべている。大和守は嘘だぁって言いながらも納得しているようだ。加州も正道ではないなは思ったが、使命のためにとなりふり構っていなければ人がどんな外道な行動に出るかわからないことは知っている。
「国広が外道じゃなくて邪道で済んでて良かったよ」
「あんまり違いなくない?」
「こいつの場合は自分だけが傷つくだけで終わりでしょ。他人を巻き込んでまでの外道はしないじゃん」
「まぁ、そうだけど」
「それにフェイントに見せかけて攻撃とかは俺もよくするしね~」
「あはは……それを言うなら僕たちみんな喧嘩殺法に近いよね。雅じゃないって歌仙さんによく叱られるもの」
「確かによく言われる~」
「言われるね。まぁでも、さ。これが俺らの戦い方でしょ」
 泥臭くても血で汚れても、忠義の為に尽くして刀を振るうのが俺達の戦い方だ。綺麗で上品な戦い方なんて覚えていない。まぁ、理想である前の主の戦いに比べたらまだその境地には至れていないから、泥臭すぎるような気もするけれど。
「だね」
「清光もたまには良い事言うじゃん」
「お前は余計な一言がいつも多いんだよ」
「二人ともここはまだ戦場だよ」
 いつものように喧嘩腰になりそうな二人に堀川が割って入る。その言葉にああそうだとまだ戦場にいることを思い出す。そこで堀川が頬に切り傷を負っているのにようやく気付く。先ほど先陣切って場をかき乱せと言ったが、その時に怪我を負ったのだろうか。堀川は加州の視線に気づいたようで、かすり傷だよと答える。その目はまだ冷静だ。
「それで隊長さん、先に進みますか?」
 それとも戻る?と首を傾げる堀川の言葉に鼻で笑う。任務の途中で帰るなんて、よく冗談でも口にできたものだ。いや、発破をかけたのだろう。戻るなんて加州が言うとは思ってはいないのだ。
「まさか、このまま進軍するよ」
「了解。じゃあ索敵するね」
「あ、国広これ、刀装持ってって」
「いいの?」
 まだ自分には余裕があるからと大和守が刀装を押し付けるように堀川に渡す。申し訳なさそうにそれを受け取りながら、堀川もそれをすぐに身に着ける。軽傷を負うということは持ってきていたそれが効果を失くしているということだ。まだ連戦は続くだろうし大和守の判断は正しい。
「気が利くじゃん」
「まぁね」
 ふっと二人で笑いあう。索敵をする堀川の後ろに付きながら二人そろって周囲を警戒しながら先を進む。剣戟の音が近づいている。どうやら第一部隊と敵の本陣が戦っているようだ。既に場は乱線状態で敵味方が入り混じって陣形もなくただ敵を倒す事だけに集中している。
 堀川も大和守も加州の方を見つめる。第二部隊の隊長は加州だ。彼の言葉がなければ二人は動かない。ふぅっと息を一度吐くと、ぱっとその先の戦場を見る。
 乱戦、いいじゃない。楽しそうだ。
「第二部隊、出るよ!」


 ボロボロの第一部隊と第二部隊が揃って本丸に帰ると、心配したほとんどの脇差は門に集まってきていた。
「一兄!大丈夫~!?」
「け、怪我はないですか?」
「大丈夫ですよ。そこまで酷い怪我はしてませんから」
 一期一振が隊長を務めた第一部隊はそれなりに皆怪我をしていたが重傷で歩けない者は一人もいなかった。それなり練度があり耐久力のある刀で固められた第一部隊は多くの敵に囲まれつつも何とか凌いでいた。だが、敵を倒しても倒しても次から次へと現れる敵に陣形がほころび始めた頃に第二部隊が到達したのだ。
「てめぇらすげぇざまだなぁ、おい」
 和泉守が相棒の傍に駆け寄るとその血がほとんど敵の返り血だと知ってほっとしながらもその格好の酷さにため息を吐く。
「本当だよこんなに汚れた姿、主に見せらんない」
「かっこいいって言われるかもよ?」
「俺は主にかわいいって言ってもらいたいの!」
「大丈夫だよ、清光くんはどんな時でもかわいいよ」
「う~やっぱ堀川好き~!」
「いやいや、そのままくっつこうとすんじゃねぇよ」
 血みどろのまま加州が堀川に抱き着こうとするのを和泉守が首根っこ掴んで阻止する。それを見て兼さん、服が汚れちゃうよと言うが和泉守は手を離そうとしない。
「お留守番だったから寂しいんでしょ」
「相棒と離れちゃったもんね」
「んなわけあるかよ。てめぇらが一緒だったんだ。
 大丈夫に決まってんだろ」
 和泉守の言葉に大和守も加州も目を丸くして互いを見つめる。そして互いの頬をつねると痛いと言う。
「えっまじで?和泉守が俺達のこと褒めてる?」
「褒めてるっていうか信頼してる?」
 うそー!?と二人仲良く言うのに、和泉守がうるせぇと言う。耳が少し朱くなっているところを見るとらしくないことを言ってしまったと恥ずかしがっているのだろう。それに気づいた堀川がくすくすと笑っていると和泉守に半目で睨まれる。
「国広ォ、お前も大分汚れてんだからさっさと風呂行くぞ風呂」
「わかったよ、兼さん」
 加州と大和守を小突きながら風呂に向かう和泉守の後を追いかける堀川の背を長曽祢は見守る。あの様子だと和泉守も彼らと一緒に風呂に入ることになるのだろう。彼ら三人だけの第二部隊に一番そわそわと調子が落ち着かなかったのは和泉守だ。何故自分が選ばれなかったのか悪態をつきながらもそれでも相棒や加州、大和守のことを信頼しているとはいえ、心配で仕方がなかったのだ。
「良かったね」
「そうだな」
 共に和泉守を見守っていた歌仙と共に頷く。ほっと今さら落ち着く心に、自分も落ち着いていなかったということなのだと長曽祢もようやく自覚したのだった。
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