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新選組中心CPなし

 しんと冷える冬の朝。昨日雪でも降ったのかと外を見るが、霜は降りていても雪の影の形もなかった。はぁっと擦る手に息を吹きかけると、そっと戸を開ける。
 こんな寒い日でも相変わらず元気な者はいるもので、短刀達の朝から賑やかな声が聞こえてくる。その声に混じり、馴染の声が聞こえたのに驚いてそちらを見ると廊下を歩く大きな布団子があった。
 新選組の浅黄の羽織を布団の上からかけているらしく、さむいよぉという声とそうだね寒いねとという二つの声がその布団子から聞こえてくる。
「どうしたんだ、二人とも」
「曽根さん」
 振り返る堀川の身に布団ごと抱き着いている大和守の姿に気が抜ける。なんとも気の抜けた格好ではあるが、大和守は昔から寒がりだった。それゆえに冬になるといつも温かくなる昼頃まではずっと出たくないと布団にしがみついていたのぼ覚えている。
「実は今日安定くんが畑当番で……」
「いやだー。今日はサボるぅ」
「ってわけです」
「なるほどな」
 いつもは汚れ仕事を嫌がる加州を大和守が叱りながら首根っこ掴んで畑に連れて行くのだが、冬になるとそれが逆転してしまった。
 安定ぁ!と加州が彼の名前を呼んで廊下を走ってくるなり、布団を引っ剥がす。あまりの寒さに大和守が震えて堀川の身体を一層強く抱きしめる。堀川の体温は実の所そう高くないのでホッカイロ代わりにはならないのだが、大和守は離れたくないと言わんばかりに首を横に振る。
「堀川も!前に安定をあまり甘やかすなって言ったよね?」
「うーん……でも、安定くん、今は駄々こねてるけどちゃんと陽が昇れば仕事はやってくれるし」
「畑仕事は朝からやらなくちゃダメでしょ!」
「それはそうだけど」
 眉を下げて困り顔の堀川に加州はため息を吐くと、大和守の首根っこを掴んでずるずる引きずる。それでも離さない手に堀川も共に引きずられそうになるが、それは長曽祢が大和守の手から引きはがす。
「ほら、行くよ安定」
「うわぁーん鬼、妖怪、人攫い~」
「人聞きの悪い事を言うな」
 今日も賑やかに去っていく沖田の愛刀達を笑って見送る。しょっちゅうああやって口喧嘩をしたりして周りを賑やかしているからもう見慣れたものだ。
「そう言えば、兼はどうしている?」
「兼さんはまだ布団の虫ですよ」
 今日は非番なのでそのまま寝かせていますと相棒の脇差は答える。確かに和泉守も大和守と同じく朝には弱い方だ。季節関係なく朝に弱いという点では大和守よりも厄介ではあるが、そこは相棒の脇差がちゃんとフォローをしてくれているから問題になることはほとんどない。
「他の刀の前じゃあもう少しあいつらもきっちりするんだがな」
「甘えてくれてるってことでしょう?いいことじゃないですか」
 にこにこと笑う堀川に長曽祢はやれやれと肩を落とす。加州が甘やかしすぎと事ある毎にこの脇差に言うが、全く持ってその通りである。相棒である和泉守は言わずもがな、新選組の刀にも求めずともまんべんなく与えられる慈雨は留めることを知らない。
 歌仙や燭台切も度を過ぎる甘やかしに苦笑しながら堀川にそれとなく嗜めていたが、弱まりこそすれそれが無くなることは決してなかった。長曽祢も昔はあれこれ口を出していたが、いつ頃からか言うのをやめてしまった。
 堀川もだが長曽祢自身、新選組の刀には少し甘くしているという自覚があるからやめたのだ。もちろん稽古などでは甘いと思わせるような事はしていないはずだが。それを差し引いても大和守と清光のじゃれあうような喧嘩を止めることもしなければ、和泉守を世話する堀川の姿を静観するくらいには甘い。
「国広、朝餉はもう食べたか?」
「いえ、まだです」
「じゃあ、一緒に行くか」
 長曽祢の提案に堀川がはいと頷き、共に横に並んで歩く。食堂に着くといつもとは違う組み合わせに御手杵が一瞬目を丸くさせるが和泉守がまだ布団の中だと知ると納得がいったようで、ご飯と味噌汁と漬物を乗せた盆を手渡してくれる。
「加州と大和守、和泉守と堀川っていう組み合わせはよく見るけど、あんたら二人だけってのは珍しいよな」
「そうかなぁ」
「この本丸に来てからはそうかもしれないな。
 主の繋がりでよくこいつらとは一緒にいるが、言われてみれば二人っきりというのは久しくなかったかもしれないな」
 長曽祢とていつも新選組の刀と一緒にいるわけではなく、紛い物ではなく真作の虎徹である二振りと過ごす事も多い。真作の打刀の見る目はまだ厳しいが、脇差の虎徹は兄と自分を呼んで慕ってくれるのだから、その気持ちに応えたくなってしまうのは当然だろう。
 堀川とて同派の兄弟達や、同じ脇差仲間と共に過ごしていることも多く、二人だけというのは言われる通り珍しいかもしれない。堀川も納得したらしくうんうんと頷いている。
「そっか。いつも兼さんか、清光くん安定くんとか誰かがいること多いもんね」
「そういえば浦島と蜂須賀は?」
「浦島はまだ見てないな。蜂須賀はもう食べ終わってどこかに行ったよ」
「そうか……浦島を誘えばよかったかな」
「そうですね。今からちょっと呼んできます」
 長曽祢の呟くような言葉にすぐさま堀川が踵を返して食堂を飛び出していく。お盆を渡そうとしていた御手杵は困ったようにしていたため、長曽祢は堀川の分のお盆も受け取ると壁際のお馴染みの席に座る。数分で彼なら戻ってくるだろうと長曽祢が予想した通り、堀川が浦島を連れて食堂へやってくる。蜂須賀によく似た髪質の金色の髪は今は下に綺麗に下ろされている。まだ眠たそうにしている目を擦り、御手杵から浦島一つ分だけの盆を受け取ると長曽祢が座っている席へと二人和やかに話しながらやってくる。
「長曽祢兄ちゃん、おはよう」
「ああ、おはよう。今日は浦島は非番か?」
「うん、そう!
 だからかなぁ?いつもよりちょっと長めに寝ちゃったんだ」
「別に用がなければそれくらい問題ないさ。誰に迷惑をかけるわけでもないし」
「でも一人でご飯食べるのは寂しいから、堀川くんに起こしてもらえて良かったよ」
 にこにこと嬉しそうに話しながら浦島は割箸をパキリと割って、いただきまーすと大口を開いて米を口の中へと入れる。美味しそうに米を頬張る姿に長曽祢も無意識に口角が上がる。
「曽根さん、僕のお盆まで運んでくれてありがとうございます」
「いや、構わないさ。それより俺達も食べるとしよう」
「ええ」
 積まれてから若干時間は経ってしまったが、まだ暖かいお椀を手に取り味噌汁を啜る。今日の味噌汁は白みそでほんのり甘く、根菜と芋が入っていた。寒い日には温かい甘めの味噌汁がひと際うまく感じられる。堀川も浦島もほっとした表情で味噌汁を味わっているようだった。
「今日の味噌汁美味しいね。俺、この味大好き!」
「ふふ、そっか。僕もこの味好きだな。ほっとするっていうか……」
「わかる!優しい味だよね!
 長曽祢兄ちゃんもこの味好き?」
「ああ、好きな味だな。
 ところで二人とも今日のこの後はどうするんだ?」
 今日は長曽祢も堀川も非番である。特に予定がなければ素振りなどしようかと考えていたが、浦島も非番であるのならば万屋やどこかへ出かけるのも悪くないかもしれない。
「俺は特になにも用事ないよー。亀吉とどっか遊びに行こうかなって思ってたぐらい」
「僕は……後で安定くんと清光くんの手伝いに行こうかなって」
「堀川くん、ちょっと働きすぎだよ!たまにはぱぁっと遊ばないと」
「そうかな……でも僕」
「そうだよ!
 動くときは動く!休める時にはしっかり休む!
 万全の状態に常日頃から整えておくのも仕事だって蜂須賀兄ちゃんも言ってた」
「そうだぞ国広。お前はもう少し自分のための時間を取った方がいい」
「そう…なのかな」
 悩む堀川に浦島がさらに後押しするようにそうだってと立ち上がって大声で言う。周りにいた刀達が何事かと浦島を見ると、慌ててなんでもないですと言って席に座る。
「ごめん。ちょっと強く言いすぎちゃったかも」
「ううん、浦島くんは僕のためを想っていってくれたんでしょう?
 僕の方こそごめんね。浦島くんや曽根さんの言う通り、休むことも仕事の一つ、だよね」
「うん、そうだよ!」
 さすがの堀川も一生懸命に自分を想ってくれている浦島の言葉を無碍にはできないらしい。加州と大和守には悪いような気もしたが、そもそも内番の手伝いを堀川がする必要もない。
「でも、どうしよう。何をすればいいのかわかんないや」
「なら、一緒に万屋にでも行かないか?浦島もどうだ?」
「俺も一緒に行っていいの?!」
 今日の予定がすべて白紙になって腕を組んで唸る堀川と浦島に長曽祢がそう提案すると浦島が手放しで喜ぶ。喜ぶ浦島の髪をくしゃりと撫でるとにへへと心底嬉しそうに微笑む。
 次いで堀川も少しだけ申し訳なさそうにしながらも長曽祢の誘いを了承する。仲良く一緒にお出かけだねと笑う浦島と堀川はその外見に相応しい様子で無邪気にはしゃいでいる。
 実際の付喪神としてあった年月と人の姿は違うとはわかっていても、子どものような容姿をしている彼らを見るとどうしても庇護欲が沸いてしまうのは己も人の姿をしているからだろうか。
「長曽祢兄ちゃん、蜂須賀兄ちゃんも一緒に誘っていい?」
「それは……いい考えだな」
 あの蜂須賀が誘いに乗るとは思えなかったが、愛する弟の誘いとなれば首を縦に振るかもしれない。それに何より不安そうな表情をする浦島にダメだと言えるはずもない。
 俺頑張って兄ちゃん誘ってくるといつの間に食べ終わったのか空になった茶碗と盆を持つと即座にそれを御手杵に返して食堂をぱっと飛び出していく。思ったらすぐに行動するのは脇差の機動力故にだろうか。
「うーん……兄弟の集まりに僕がいたら迷惑になりませんか?」
「俺達兄弟を見くびってもらっては困るな」
 長曽祢の返しにきょとんと堀川は目を丸くする。
「それ、蜂須賀さんの真似ですか?」
「似てなかったか?」
「似てないわけではないですけど……なんていうか、曽根さんがいうとちょっと変な感じします。
 あ、似合わないとかそういう意味でもないですからね!良い意味でです」
 良い変な感じとはどんな感じなのか詳しく聞いてみたくもあったが、言葉にできない感覚というのは長曽根も何度か覚えがある。それを以前説明しようとして頓珍漢な方へ話が向かっていった記憶もまだ真新しいため、深くは聞かず代わりに堀川の髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
「曽根さん?」
「まぁ、今日はうちの刀派に兄弟入りしたと思えばいいさ」
「曽根さんにしては珍しく強気ですね」
「可愛い弟に兄と慕われちゃあそれを蔑ろにするのは男が廃るってもんだ」
 和泉守、大和守と色は違えど、主の志は引き継いだ証だといわんばかりの羽織をぽんと叩く。彼は忠義に厚い男であり、新選組の他の刀ら同様長曽祢にとっても彼の刀であったことが誇りであった。
 自分が迷った時、考える。彼ならばこういう時どうするだろうか。彼だって間違いもすれば失敗もした。けれどそれでもいいのだと長曽祢は思う。それが彼の生きざまだ。彼のようにありたいと願うことは彼のように間違いもし、失敗するという事だ。つまり、迷う事は何も恥ずべきことではない。それほど大事なことなのだから。
「でも、僕は一応堀川国広の名前を頂いておりますから。兄弟入りに関してはご遠慮させて頂きます」
「じゃあ、無銘になった時に来るか?」
「あまり俺達のことを見くびらないでもらいたい」
 長曽祢の冗談がわかっていてか、堀川が苦笑いをしながら首を横に振ろうとした時に声が割って入る。ほんの少し前から睨むようにこちらを見ていた金髪の青年だ。その後ろには山伏姿の大男が立っている。
「兄弟はすでに堀川派であるからな。無銘になることなどあるまいよ」
 堀川の肩に手を置き、山伏が言う。その言葉は堀川にかけているようで、その実山姥切に対して言っているのだ。彼は長曽祢が言っているのが冗談だとちゃんとわかっている。わからぬのは山姥切だけだ。
「兄弟、今日は非番なら一緒に山に行かないか」
「えっ山に?」
「いかにも。拙僧が山に修行にしている間、兄弟は暇そうにしているのでな。
 兄弟が一緒に来てくれるとありがたいのである」
「でも……」
 堀川がちらりと長曽祢に視線を送るが、手を振って応える。堀川を先に誘ったのは長曽祢でがあるが、兄弟と過ごすのも悪くない休日の過ごし方だ。浦島だって堀川が一緒に行けなくなったと知っても怒らないだろう。もしこの場にいたなら良かったねと背を押しているかもしれない。
「じゃあ、一緒に行こうかな。誘ってくれてありがとう」
「ああ。兄弟が来てくれるなら俺も嬉しい」
「カカカ!兄弟揃っての山での修行、拙僧の筋肉が楽しみだとうなっておる!」
 山へ行く準備をしないと、と堀川が盆を下げるついでに長曽祢の盆も持っていく。そこはやはり世話焼きという生来の性なのだろう。堀川が山伏と一緒に食堂を出ていく間際、長曽祢に一礼をしていく。それを微笑んで見守っているとおい、となぜかその場に残った山姥切が声を発した。
「あんたが……兄弟を大切な仲間だと扱ってくれているのは知っているし、ありがたいとは思っている。だが兄弟は兄弟だ」
「ああ、わかってる」
「あと、蜂須賀もお前のことは認めてる。……俺に言われるのは嫌だろうが、めげずにあいつに接してやってくれ」
 まさかそんな事を言われるとは思わず山姥切を見ると、即座に視線をそらされてしまう。そして逃げるかのようにそのまま食堂を去っていくと、それに代わるように浦島が蜂須賀の手を掴んでやってくる。髪の毛など服装がちゃんとしたものに変わっているのは蜂須賀が言ったのだろう。
「蜂須賀兄ちゃん、連れてきたよ!
 あれ?堀川くんは?」
「兄弟揃って山へ行くって」
「えーそうなんだ。残念!でも、兄弟揃って山なんて素敵だね」
 やはり浦島は心優しい子だ。長曽祢がいい子だなと浦島のその頭を撫でると、蜂須賀が顔を顰める。山姥切にああは言われたが、この刀に対してはどう歩み寄ればいいのか正直計りかねている。しかし、ここは愚直にやっていくしかないのだろう。
「俺達も、兄弟揃って万屋へ行くんだからいいだろう?」
「うん、そうだね!」
 兄弟、とそう言えば浦島は笑顔に、蜂須賀は少しだけ眉を下げ困惑した表情を見せる。嫌悪感以外の何かがその表情にはあるように見えた。浦島が悲しむ姿を見たくないからか、少なくともその場で否定はされなかった。
「それじゃあ、行こう兄ちゃん」
 浦島の太陽のような笑顔を断ることなど誰ができるだろうか。片手ずつ長曽祢と蜂須賀は手に取ると、揃って万屋へと向かうべく食堂から出ていくのであった。
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