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この本丸には堀川国広は存在しない

 厨でカセットコンロと呼ばれるものや冷蔵庫の使い方を教えて貰った堀川は朝からあくせくと食事の準備をしていた。もともと手際のよかった堀川は料理をすぐに覚え、昼食後の空いた時間に何か作れないかと審神者から与えられた未来の料理本を眺めていた時だった。
「堀川さん」
「あ、乱ちゃん」
 遠征以降、乱は短刀の中ではよく堀川に話しかけ懐いていた。というのも最初の自己紹介の時に乱ちゃんと呼んでと誰も呼んでくれない愛称を唯一呼んでくれたのが堀川だったからだ。
「どうしたの?」
 今日は非番で万屋に遊びに行くと言っていたはずだ。堀川がそう尋ねると待ってましたと言わんばかりに乱はない胸を張って後ろ手にもっていたそれを堀川の目の前へと差し出した。
「じゃじゃーん」
 籠の中に入っていたのはぶどうだった。それにも牛乳や白い砂糖など色々なものが入っている。
 そして堀川の持っている料理本を指さして、乱はにこにこと笑顔で言う。
「ねぇ、ケーキ作ろうよ!」

 お菓子作りは意外と大変だと思いながら堀川はしっかりとカップを図りながら、料理本の書いてある工程に沿って必要なものをボウルに入れてかき混ぜる。
 乱の突然の申し出にその大変さを理解していなかった堀川は一言でいいよと返事を返した。その結果が今厨の色々な調理器具を引っ張り出しながらのお菓子作りになっている。当然提案した乱もお菓子作りを手伝っている。まだ厨にどんなものがあるのかわかっていない堀川に代わり、乱はそこはあっちの戸棚に、その料理本に書いてあることはこういう事だと説明しながら一緒に作ってくれている。
「乱ちゃん、もしかして前にお菓子作ったことある?」
「うん、けど失敗しちゃった」
 一人で作ったケーキは固くて塩辛くてまずかったと笑顔で乱が言う。だから今日はリベンジなのだと語る乱は生クリームを今作っている。
「じゃあ、今日は絶対に成功しようね」
 そう言って堀川は分量を量ったぶどうの皮を入れた砂糖水を加熱したものにゼラチンを混ぜて、乱の生クリームができるのを待つ。まだ少しだけ時間がかかりそうなのでトッピング用のぶどうをその間に切っておく。
「堀川さんできたよ」
 乱の言葉に堀川の作ったそれに生クリームをいれてもらう。さっくりとそれを堀川が混ぜ合わせているその中に乱がさらに半分にきったぶどうをその中に入れていく。
「二人で料理するのって楽しいね」
「そうだね」
 顔を見合わせて笑う。確かに朝食や夕食のご飯を作る時は量が必要だし時間も限られているからどうしても作業的な感じになってしまう。けれどこうして乱と一緒に試行錯誤しながら作る料理はどちらかと言えば実験に近い。固まるゼラチンに、かき混ぜるとふわふわする生クリーム。不思議な調理器具に新しい発見がいっぱいだ。
 できあがったそれをビスケットを敷き詰めた型に注ぎ込み冷蔵庫に入れる。後は固まったら冷蔵庫から取り出し、残りのぶどうと生クリームでトッピングをすれば完成だ。
「楽しみだね、堀川さん」
 今回は絶対うまくいったよと喜ぶ乱にそうだねと堀川は頷きつつ、厨を見返す。あちらこちらと物を引っ張り出したせいであたりは散らかっている。それに、もうそろそろ夕食の準備に歌仙がやってくるだろう。その前に片付けないと。
 冷蔵庫の前からわくわくと笑顔で動かない乱に苦笑いしつつ、堀川は一人厨の掃除を始めるのであった。

 冷蔵庫に仕舞っていたケーキは夕食の準備をしていた歌仙にはバレてしまい、結果夕食後にそれを皆にふるまう事になった。乱は兄弟たちの待つ机に走るようにそれを持っていくとこれを作ったのは自分だと胸を張って言う。
 大丈夫かといぶかしがる兄弟たちは恐る恐るそれを口にし、次には美味しいと言ってすぐにその皿を空にした。乱は空になった皿を見て嬉しそうに笑う。
「洋の菓子もなかなかに美しいものだね」
 少し離れた机で堀川の向かいに座った歌仙も見た目が気に入ったのかそれを一口、口にしてうんと頷く。
「甘さ加減もちょうどいい」
「良かったです」
 正直な歌仙の言葉に安堵する。乱と一緒に何度も料理本を見返して作ったのだ。絶対に成功しようとは言ったけれど、初めて作るものだから不安もあった。
 歌仙の美味しいという一言は何にも勝る言葉だ。安心して堀川もぶどうのケーキをスプーンで掬うと口に運んだ。
 さっぱりとしたヨーグルトの風味とぶどうの甘味が合わさって歌仙の言うとおりちょうどよい甘味になっている。
「これは兄弟が作ったのか?」
「うん。乱ちゃんと一緒にね」
「そうであったか!兄弟は料理が得意であるな」
 両隣に座る山姥切と山伏は始めて見る菓子に綺麗だと言ってなかなか食べようとしない。それに早く食べるよう歌仙が促すとようやく口にし、目を輝かせる。
「美味!真に美味であるな、兄弟!」
「……口のなかで溶けていくみたいだ」
「二人の口にあったようで良かった」
 二人とも気に入ったらしく、すぐにケーキを食べ終わってしまうとまた今度作って欲しいと頼まれる。
「斯様な美味なる食べ物が世にはあるとは……うむ。拙僧もまだまだ修行が足りぬであるな」
「これに修行は関係するのか……?」
「思わず頬っぺたが落ちそうになるほど美味であるからなぁ……。斯様な美味しいものを知ってしまえば知らぬ前には戻れまい」
「それは確かにそうだな」
「この美味なるけぇきの誘惑に負けぬよう精進せねば」
 でなければ毎日兄弟にねだることになりそうだと山伏が言えば皆も笑う。
「でも、山伏さんがそう言ってくれるなら何か特別なことがある時にでもまたケーキを作ってみようかな」
「おお、それは良いな!!」
「そうだね……皆にも好評のようだし僕の方にも火が回ってきそうだ。特別な時にだけ用意すると言えば皆納得するだろう」
 粟田口の兄弟以外にも左文字の兄弟、今剣や他の者達も皆ケーキを美味しそうに頬張る姿を見て歌仙は遠くない未来を想像する。
「あ……すみません歌仙さん。そんなこと僕何も考えてなくて……」
「いや、構わないよ。おかげでこうして美味しいものが食べれたんだし、次に作る時は僕と燭台切も呼んでくれ」
「手伝いが必要なら、俺も手伝うぞ」
「拙僧もである」
 手伝いを申し出る二人に感謝を簡単に述べて、乱の方を見るとあちらも同じタイミングで堀川の方を見ていたらしく、大きく手を振った。
「堀川さーん、またケーキ作ろうね!」
 大声で乱がそう言うので周りの刀達もまた食べれるのかとがやがや声が上がる。歌仙が予想した未来は案外すぐだったようだ。
 歌仙と堀川は互いに顔を見合せるとどちらともなく笑うのであった。
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