この本丸には堀川国広は存在しない
真っ暗な部屋の中。僕らはひっそりと部屋の中央に集まった。
それが始まるまでは僕らの本丸は平和そのものであった。
一番最初に主が体調を崩した。僕らは遠征と出陣をしながら手の空いたもので代わる代わる主の世話をした。主は長く体調を崩していたけれど、それでも時間遡行軍との戦いを気にして僕らに戦うことをやめるなと政府からの指示には従うようにと命令した。
僕らはそんな主が心配だった。1年にも続く主の闘病生活は、ある日あっさりと終わった。
それからだった。本丸がどこかおかしくなっていったのは。
出陣に次ぐ出陣。本丸に帰っても休む間もなく次の出陣を命令される。そんな生活に嫌気を指した刀剣はいつの間にかいなくなっていた。残ったのは馴染深い本丸が顕現して間もない頃から一緒にいた刀だけになっていた。
以前は笑い声で溢れかえって、どこか狭く思えていたいた本丸も今は広く感じて仕方がない。本丸に残った刀達は気が付けば一人になるのを嫌がって一部屋で生活するようになった。大体出陣や遠征で組むのは同じ刀だったから同じ部屋で過ごしても気にならないくらいには一緒であった。
「ねぇ、これを見て欲しいんだけど」
いつも出陣する刀の一人が蝋燭を取り出すと皆の前に一本ずつ灯していく。そして表紙も背表紙も真っ黒に塗りつぶされた本を皆に見せるようにして取り出した。
「またつまんねぇこと言うならぶん殴るぞ」
「今日はもう疲れたから明日にしない?」
「なんだ酒じゃないのか」
口々にそれに文句を言うが、その一刀はその言葉を全て無視して勝手に話し出す。お喋りが好きな刀だった。
「これはなぁ、主の部屋で見つけたんだよ。
主が病気になる前にさ、これ読んでたのを思い出して思わず持ってきちゃった」
「泥棒じゃん最低」
「検非違使さーんここにやばいやつがいまーす」
「寝る」
「ちょちょちょ、待てよ、お前ら。
最近ずっと出陣遠征ばっかで食事も睡眠も最低限。花のない生活だとは思わないか?」
その言葉に皆黙る。機械的に食事をとって、政府の命令があれば出陣し、何もなければ主に遠征に行けと指示される。睡眠と栄養はかろうじて取れていたが、息の詰まるような生活に皆不満がないと言えば嘘になる。
「だからさぁ、たまにはちょっと息抜きしようや」
底抜けに明るいこの刀がいるおかげでこの隊はわりとうまくやれていた。
「やろう」
それまで僕はずっと黙って成り行きを見守っていたが、気が付けば声に出していた。他のみんなも口々に「しかたがねぇな」「少しだけだよ?」と文句を言いながらも布団から出て向き合って座る。
この本丸で長い付き合いの刀達だ。なんだかんだ言って身内に甘く、最後には言う事を聞いてしまうのだ。彼はそれを嬉しそうに見る。毎日の遠征は大変だし、出陣をすれば怪我をすることもあるけれど、それでもこの隊のみんながいれば大丈夫、そう彼は信じていた。
彼らはずっと一緒だと信じていた。
だから
「さぁ、今から少しだけ怖い話をしよう」
その黒い本を開いて話を始めた。一人、ひとつ話を読んで、隣の人へとその本を渡し、目の前の蝋燭を消していく。最後。僕の番になる。
皆の視線が集まる。暗がりの中、皆の顔は良く見えないがうっすらと輪郭が見えた。蝋燭の火に照らされて、彼らの腕が足がはっきりと見えた。
僕は渡された本を開き、最後の話をするべく口を開いた。