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この本丸には堀川国広は存在しない

 堀川国広は朝早くから慣れるまでの間の住処として宛がわれた客間を片付ける。お世話になっているのでなるべくきちんとしたいとう思いもあるが、それとは別にそろそろこの客間も出なければならないという理由もあるからだ。
 襖を開けて、まだ冷たい朝の空気が漂う廊下へと歩き出す。薄暗い廊下はとても静かでほとんどの刀達がまだ褥でゆっくりと休んでいることがわかる。だが、厨の方を見るともうすでに煙が立っており、今日の食事を誰かがすでに準備しているようだった。
 そろそろとそちらの方へと歩き出す。何もせずにじっとしているのは性に合わず、身体を動かすための理由を求めてしまうのだ。
「おはようございます」
「おはよう。枕があわなかった?」
 堀川が厨に顔を出すと燭台切が鍋をかき回しながら出迎えてくれる。心配してくれる燭台切に堀川はゆっくり寝れたことを伝え、何か手伝うことはないかと聞く。それに燭台切は戸惑いながらもまだ床に置いたままの籠の中にある馬鈴薯を指した。
「じゃあ、その馬鈴薯を洗っておいてくれるかな」
「はい!」
 腕まくりをして、よいしょと掛け声と共に籠を持つ。流し台のすぐそばにその籠を下ろすと流し台の水で一つ一つ馬鈴薯についた泥を落としていく。実は小ぶりだが、なかなかに美味しそうな馬鈴薯である。
「その馬鈴薯、うちの畑で取れたやつなんだ」
「そうなんですか!すごいたくさんですね」
「主から育てるなら馬鈴薯がいいと言われてね、刀総出で春ぐらいに蒔いたんだ。
 夏から少しずつ取れ始めてね……最初はどうやって消費しようかと悩んでいたけれど、そろそろそれが最後のかな。ありすぎると困るけど、今年はもう取れないとなると寂しいものだね」
 馬鈴薯畑は今違う作物に使用しているからと残念そうに言う燭台切は今は鍋ではなく米に梅干しを潰した果肉とゴマを混ぜている。
「いつも一人で朝駒の準備をしてるんですか?」
「いや、他の刀も手伝ってくれてるよ。でも、大体は僕がやってるかな。料理を作るのは好きだからね」
「それなら今度から僕も手伝います」
 いいのかい?という燭台切に堀川は笑顔ではいと答える。何かを手伝って体を動かしている間は不要な考え事はしなくて済む。二人はそれから時々世間話を交えつつも調理を続け、他の刀が起きてくる前にすべて仕上げることができた。
 膳に茶碗と箸を置き、後は各自で盛り付けていくのがこの本丸の流儀なのだと説明する。調理を終えた二振りはさっそく自分達の分をよそうと長机に向かい合うようにして座る。
 つぶし梅とゴマを混ぜたご飯の上に三つ葉を乗せ、豆腐の入ったお味噌汁に大根の漬物。いただきますと二人そろって手を合わせると、堀川派まずはお味噌汁に手を伸ばす。優しいダシの味と味噌が丁度良い塩梅の濃さでほっとする。
「美味しいですね」
「嬉しいな。実はこの味噌、僕が作ったんだ」
「燭台切さんが?」
 料理が好きだとは言っていたがまさか味噌を作るほどとは思わなかった。驚きをそのまま口に出して言えば、今度一緒に作ってみる?と冗談混じりに誘われる。それに是非と答えながら混ぜご飯の方にも手をのばす。
 そうして茶碗が空になった頃合いを見計らって燭台切がねぇ、と少しだけ小さな声で言う。
「何か悩んでる?」
「えっと……」
「別に言いたくないならそれでも構わないけど。もし何かあるなら言ってくれると嬉しい。朝餉の準備を手伝って貰ったんだし」
 確かに悩み事はあって、近々それをどうにかする必要はあった。しかしいくら悩んでも答えが出ず誰かに相談したい気持ちもあった。朝餉を手伝ったお礼だとさらに後押しさせられれば、堀川はその悩みを燭台切に打ち明けた。
「部屋をどこに世話になろうかと悩んでいて……」
 悩みの種はこれから相部屋となる部屋のことだった。相棒である和泉守は今一人部屋を使っているが、堀川が望むのであれば相部屋にしてもいいと言ってくれた。さらに嬉しいことに堀川派の山伏と山姥切の二刀も同じ部屋にと誘ってくれた。他にも青江と骨喰、鯰尾の脇差による相部屋にも誘われている。気持ちは嬉しいがどの部屋に世話になるべきなのか堀川には判断が出来なかった。
「そうなんだ。僕はてっきり和泉守くんと同室を選ぶのかと思っていたよ」
「兼さんの傍にいたいのは山々ですが……でも、僕と相部屋になったら兼さんの部屋が狭くなるでしょう?」
「なるほどね。和泉守くんはあまり気にしないとは思うけど……」
 燭台切は和泉守の部屋を見たことがあるのか狭くなるという言葉に理解を示す。
 和泉守の部屋は堀川がいない間、同じ新選組の仲間刀達や同じ刀派である歌仙が世話を見ていたらしく和泉守だけではなく彼らの私物がそこかしこに置かれていた。和泉守は部屋が整理されているならばと他の刀が置いた物に対して何も言わなかった。
 だがそこに堀川と相部屋になるという事となればそれらの物を整理する必要が出てくる。景観が良くなると言っておいた歌仙お気に入りの青磁の壺の他に加州も自分が愛用している爪紅などの入った化粧箱に大和守が遠征で持ち帰るお土産という名の品々……。それらは箪笥一つ分ほど和泉守の部屋を占領している。
「片付けるには一日ぐらいの準備が必要そうだね」
「ええ」
 なんだかんだ言ってお世話になる身であまり迷惑をかけたくないという本音がある。そもそも自分はこの本丸の本当の刀ではないのだからという負い目もある。もし本当の堀川国広が顕現したのであれば今得ている温情や信頼は彼に渡すべきだと思っているのだからなおさら、彼らの傍にいるのはよくないのではと考えてしまう。
「そんなにも考えこまなくてもいいんじゃないかな」
 どうやら表情に考えが出てしまっていたようで、燭台切は堀川を諭すように言う。
「君の事情については理解してるが、うちの主も刀達も皆良い者達ばかりだ。
 やりたいことを躊躇していても今生の出会いと命には限りがある。君が選びたいものを選べばいい」
 皆その選択を否定することはないと思うよ、とそう付け加えて微笑まれる。燭台切の心遣いに嬉しく思うが、それでも心の憂いが晴れるわけではない。だがいつまでもうじうじしているわけにもいかない。
 堀川は心を決めると燭台切に感謝の言葉をつげて立ち上がる。他の刀達もそろそろ朝食を取りに来る頃だろう。小さな足音と話し声が廊下から聞こえてきていた。 

 数刻前に和泉守の髪を櫛で解きながら相部屋の件について話をした。堀川が緊張しながらすべてを話すと和泉守はいいんじゃねーのと安心する笑顔を見せてくれた。
 燭台切と和泉守の笑顔に後押しされて、堀川は二人がいる部屋へと足を運ぶ。白く隙間なく閉ざされた障子戸の前に立ち、煩い鼓動を静めるように一呼吸する。
「すみません」
 思いの外響き渡る自分の声に驚いていると障子がするすると横に引かれる。簡素な部屋に白い布を纏った刀が一振だけ。山伏国広はどうやらいないようだ。
「どうした?」
 山姥切にそう言われて、びくりと肩を揺らす。こんなことで緊張するなんて、と思いながらもいざどう話そうかと言葉が口から出てこない。
 山姥切はそんな堀川の姿にとりあえず入れと部屋の中へと促す。座布団を出されその上で正座で山姥切と向かい合う。逃げ場がない上に山姥切はただ無言でこちらを見るだけ。当然だ。話をしに部屋にやってきたのは堀川の方なのだから。
「相部屋のことなんですが……」
 ようやく口から出た一言に山姥切は「ああ」と合点がいったように相づちを打った。翠の透き通った目が次に何を言うのかと射抜くように堀川を見つめる。その視線をまっすぐに見返すことが出来ず、膝に目を落として言葉の続きを口に出す。
「あの、そのまだこの本丸に慣れていないので兼さんの部屋にお世話になろうかと……」
「そうか」
「なので、本丸に慣れてからお世話になっても良いでしょうか……?」
 無言の間が続く。やはり、欲に走りすぎてしまったかと恐る恐る顔をあげると、ぽかんとした表情の山姥切がそこにいた。
「それは拙僧らと相部屋にすることに決めた、ということであろうか」
 ぽんと肩に手を置かれ、びくりと振り返ると山伏が内番の衣装で立っていた。堀川と目が合うとにかりと笑って間違っておったか?と言うのに首をぶんぶんと勢いよく横に振る。
 合っている。
 前の本丸では彼ら兄弟刀に巡り合えず、粟田口の刀達から聞く兄弟像というものに少なからず期待と憧れを抱いた。和泉守兼定の相棒である堀川国広は彼の相棒であることだけが自分を指し示す唯一のものであったが、もし許されるならば彼らが兄弟と呼んでくれるのであればそうありたいと思ったのだ。
「……そうか、良かった」
 長い溜息を吐き出した後、山姥切がそう言って足を崩す。その表情は柔らかい。
「拙僧らも慌てて掃除をした甲斐があるであるな」
「えっ、掃除ですか?」
「堀川は和泉守兼定の相棒だろう。あいつと相部屋を希望するのではないかと思っていた」
 山姥切は山伏の分の座布団を出しながら、そう話す。曰く、和泉守が相部屋について既に相談をしていたことについては知っていたらしい。
「だが、同じ刀派で部屋を共にする者達もいるし、俺達の部屋もまだ余裕はある。もし堀川が……」
 そこで言葉を止めてしまい、視線を彷徨わせる山姥切の代わりに今度は山伏がその言葉を継ぐ。
「お主が兄弟として我らと共に過ごしたいと願ってくれるならばと思い、拙僧らも相部屋を申し出たのである」
「兄弟、あんたよくもそんなことをすらすらと言えるな」
「カッカッカ、なに恥ずかしがることはないだろう。兄弟として同じ部屋で寝食を共にするのは人の世では普通のことだと審神者も話していた故」
「だとしても俺には無理だ」
 頭の布を深く目下にまで引っ張ろうとしてその手を止めて、山姥切は堀川の方を見る。
「それで、あんたはいつまでそんな他人行儀でいるんだ」
 見れば山姥切は姿勢を崩し、山伏は正座のままではあるが二人とも親しみと期待の視線を堀川に向けていることに気づく。
「えっと……その、よろしくお願いします……?」
「うむ!まだまだ拙僧らは知り合って数日の仲。すぐには慣れぬだろうが、兄弟としてこれから仲良くしてくれると嬉しいのである!」
「敬語ではなく普通に話してくれると俺も気が楽だ。それに兄弟の間では敬語はあまり使わないと聞く。だから……」
「努力します……」
 そう答えれば安堵の息をそれぞれ吐く。三人ともそれなりに緊張していたようだ。ふはっとそれが少しだけおかしくて笑った声を出してしまうと、山伏も山姥切も目を丸くしてこちらを見た後、同じように笑い出した。
 兄弟というのはどこかしら似るのだと、そう以前他の刀が嬉しそうに話していたのを思い出し、その時にはあまり何も思ってはいなかったけれど、それがこういうことなのだとわかると何故彼が嬉しそうだったのかわかったような気がした。
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