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この本丸には堀川国広は存在しない

 和泉守兼定が生まれたのは幕末だ。
 大和守、加州、堀川、長曽祢よりも生まれは遅かったが、かといって生まれに対して文句を言うつもりはない。何しろ生まれた時より傍に頼りになる仲間たちがいたのだ。
 わからぬことがあればそれを堀川が教えてくれたし、髪がうまく結えない時も結ってくれ、眠れぬ夜があれば眠るまで傍でずっと話をしてくれた。大和守も加州も気にかけて色々と話をしてくれていたし、長曽祢は稽古をつけてくれたし何より尊敬できる刀であった。
 彼らとの時間は和泉守にとってかけがえのない宝物である。
 そう思う心に嘘がないが、だが同時に昔を知っている者がいるのは面倒だなと思うのも事実であった。
「だからさぁ、堀川が和泉守と同室にならなかったのが不思議でしょうがないんだよね」
「やっぱりあれじゃない?そろそろ親離れしなきゃって思ったんじゃない?」
 こそこそと、恐らく本人たちはそう聞こえないように話しているつもりなのだろう。全くそうはなってないが。
 本丸の物資が少ないからと遠方に遠征に駆り出されたのは馴染の面子である加州と大和守、それに鶴丸と青江と一期一振だ。隊長を務める一期は姦しく話す二振りを見ても仲が良いですなと言うだけでそれを止めようとしない。鶴丸も青江はあっちはあっちで何かと違う話に花を咲かせている。
「お前ら、遠征と言えどもうちょっと緊張感を持ってだなぁ」
「和泉守だって堀川がいないと寂しいでしょ?」
 何の脈絡もなく前を歩く大和守が振り向いてそう聞くのに、注意しようとした言葉を止めてしまう。ね?とさらに強く念を押されて聞かれるのに「そんなことねーよ」と自分でも驚くくらい小さな声で返すと大和守は加州と顔を見合わせて「ほら」としたり顔をする。
「やっぱり和泉守は寂しいんじゃん」
「当然でしょ」
 大和守も加州も和泉守と昔馴染みであるから彼の行動については大体察しが早い。
 和泉守の面倒は堀川がほとんど見ており、実際本丸でも最初は立場が逆転していたもののすぐに堀川が和泉守を世話を焼く形となった。それを見たほとんどの人は堀川が和泉守に懐いているように見えたことだろう。だが事実はその逆だ。和泉守が堀川に懐いてるのだ。
 和泉守が言わずとも堀川が世話をしてくれる。和泉守自身がすでにできることもあるのにも関わらず、堀川にやってもらうのは甘えである。それを堀川が自分がしたくて和泉守がわざわざ世話をさせてくれるからだと言うが、和泉守から言えばやってもらいたくてそうしているというのが正しい。大和守も加州もそうした和泉守の甘えをすでに見切っていた。
 元より昔から和泉守はそういう刀であったと彼らは知っているのだ。
「おやつとかさぁ堀川に分けてもらってたし、夜寝るときとかでも僕たちが堀川と話していたのに引っ張ってったよね」
「そうそう。せっかく楽しく話してたのにね~」
 その自覚はしていたので聞こえないふりをして黙るしかない。一期が黙って先をもくもくと歩いてくれているのが今がとても頼りに思えた。ここで「面白い話をしていますな」と話に加わったら最後、あることないことまで大和守と加州に言われるかもしれない。
「でも、なんで堀川本当に和泉守と同室にしなかったんだろうね?」
 加州がちらりとこちらを見て言う。大和守も加州も和泉守が堀川のために部屋を半分開けていたのは知っていた。それがあまりにもあからさま過ぎて色々と物を置き始めたのは加州が最初であった。始まりはほんとうになかなかやってこない堀川に対して和泉守が寂しがらないようにと思ってのことだった。時が経つにつれて自室に置けなくなったものを置いてしまったようになったのは少し反省をしている。堀川が一時和泉守の部屋に寝泊まりする際に整理をしたのだが、その際にこのままで良いと言われた時は和泉守ではないが少しショックを受けた。
 この本差と脇差は必ず一緒にいるのが常であるとそう信じて疑ってなかったのだ。
「別にこの本丸にはあいつの兄弟だっているだろ」
「確かに。和泉守だって、お兄ちゃんがいるからね」
「歌仙さん、ちょっと短気なとことか和泉守に似てるよね」
「似てるかぁ?」
 似てる似てると即座に加州と大和守に返される。確かに同じ刀派である歌仙とは何度か、いやよく面倒を見て貰っているような気がする。それに自分自身も歌仙と話している時は新選組の仲間たちと話すとは別の意味でほっとした何かがある。それを兄弟の情だと言うならばそうなのだろうと和泉守は納得する。だが似てるところがあるかと言えば、全く違うのではないかと思う。
 しかし彼らは悪い事考えてる時の表情とかそっくりとか、美味しいもの食べてる時の表情も似てる、照れ方とかもねと次から次へと言葉が出てくる。
「いいよねぇ、兄弟。僕もいたら良かったのに」
「お前はむしろ清光と兄弟みたいなもんだろ」
「え、清光と兄弟はなんかやだ」
「酷くない?」
 加州が頬を膨らませるのに大和守が不細工だよと言う。そのじゃれあいのような話を見ている限りよっぽどか兄弟のようだと思うのだけれど、これ以上つつくと喧嘩になりかねない。
 黙ってその二人の成り行きを見守る。堀川や長曽祢であれば二人をうまいこと仲直りさせれるのだろうが、和泉守はそれがうまくできない。そもそもその役目は和泉守ではない。加州も大和守も止めてくれるいつもの刀がいないので、そこそこで口喧嘩は終わり、話は元の話題に戻った。
「で、和泉守、堀川になんかしちゃったの?」
「してねぇよ」
 というよりいい加減その話から離れて欲しい。最近ようやく堀川が同室じゃないというショックから立ち直れたばかりなのだ。
「兼さん、いい加減大人になりましょうって堀川に言われたとか」
「似てねぇし、あいつはんなことは言わねぇ」
「兼さん、僕違う人の脇差になりたくなったんだ……って言われたり?」
「言われてねぇ。つぅかアイツは俺の相棒だからな」
 そう言うと加州も大和守も和泉守の顔をまじまじ見つめる。その目には本気で言ってんのかこいつという文字が見える。
「はぁ~やれやれ。言っとくけど、堀川は和泉守のじゃないからね」
「いつまでも居てくれると思うな相棒と主だよ」
「うるせぇ」
 とうとう怒鳴るように言うときゃーと大和守も加州もぱたぱたと先頭を歩く一期の先へと駆けていく。それを見た鶴丸がかけっこか?元気だなぁと声をあげる。
「随分と溜まっているようだね……いや、気苦労の話だよ?」
 ぽんと背中を叩かれて後ろを振り返ると青江がにっこりと笑顔でいる。どうやら先ほどまでの話はしっかりと聞かれていたらしい。
「加州殿、大和守殿、待ってください!」
「ははは!一期、俺達も走っていこうじゃないか!」
 加州と大和守を大声で止めさせようとした一期の背を鶴丸が押して走り出す。さらにその背を青江が元気だねぇと追いかける。
 一人残された和泉守は頭をがしがしとかく。ここに相棒である脇差がいれば、髪の毛が乱れちゃうよと止めたかもしれないが今はいない。あとで本丸に帰った時に髪の毛を梳いてもらえばいい。
「お前ら、待てよ!」
 とりあえず今は先を走って行った二人を追いかけないと。和泉守は声を張り上げて秋の深まる山を駆けて行った。
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