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高い崖。赤い夕日。
嫌いな色に嫌いな場所に嫌いな風と嫌いな砂。

リチャードは、青い花束と、青い小包を持って切り立った崖に立っていた。
昔のあの日から何も景色は変わったように見えなかった。

「貴女は、今の無様な私を見て…笑いますでしょうか」

虚しい風がローブを揺らす。
一歩…一歩。崖の終わり空の始まりへ歩み寄る。

「この世の中は、私には冷たすぎて、この世界には」

そこで息が詰まる。
否定をすることになる。全て。すべて。
自分には何も残らなかったこの世界は、自分にとって。
それは、そうじゃない。そうしたいわけじゃない。

「…それでも生きると言ったのです」

頭が、まるで彼岸花のように散り散りになりそうに痛かった。
どれほど涙があったか分からない。
数えるのももう飽きた。嫌気が差した。
青い花束を胸に抱えなおし、潰れないようにそっと抱きしめた。

「私には、貴女ばかりが心の拠り所でした」

俯いた顔に、いつもとは違う空色の瞳が揺らいだ。

「前を向くなど、戦うなど、私には出来なかった」

たくさんの思い出。たくさんの笑顔と、たくさんの声。
私の世界はそれだけだった。
そこから一人で歩いて行くには、あまりに過酷だった。

「ごめんなさい」

一言は重たかった。重い、重い言葉だった。
私は貴女を忘れる事が出来なかった。
私は、貴女から離れることがまだ出来ないでいる。
いつか、いつか私も報われると信じている。
まだ、まだ今は。

「…だから、だから応援していて欲しいのです。どうか見守って、どうか助けて…どうか私を、もう一度だけ助けて…」

生きていたいという願いに嘘を付きたくなかった。
揺らいだ2つの寒月の瞳から、透明に濁った心が溢れて落ちた。
震える青い花束を抱える腕と、花に寄り添う青い小包。
誰が抱えるわけでもない体を一人で締めた。
落ちていく心の欠片が無くなるまで。
立ち尽くしたまま体を抱いて、心の欠片を見届けて。

いつしか風は冷たくなった。
伸びた細長い影はぼんやりとし、空は紫色へ変わっていった。
瞳の月が空の月を映し、冷たい風を吸い込む。
うすらと星が、かけた心のように揺れていた。

「…また、また会いましょう。愛しい人」

抱えた物をそっと空へ渡した。
青い花束と小包は、
いつかの愛しい人のように谷底へ落ちていった。

耳に―ぱさり―と音を残して。